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選手時代が「人生のピーク」であってたまるか。中田仁之氏がアスリートに授ける、ビジネスという戦場の『武器』

  • 18 時間前
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「甲子園に出た。プロを目指した。でも、その後はどうする?」かつてスポットライトを浴びたアスリートたちが、引退後に直面する残酷な現実。就職しても約60%が1年以内に離職するという、キャリアにおける構造的な欠陥に真っ向から立ち向かう男がいる。株式会社A.B.Unitedの中田仁之代表だ。


大手企業での20年にわたるキャリアを捨て、彼が40代で選んだのは、単なる「職業紹介」ではない。アスリートを「ビジネスのプロ」へと叩き上げる、魂の再教育だった。

元フィールドホッケー選手のインタビュアー・中村航司が、中田氏の掲げる「5割の勝ちには興味がない」という不屈の生存戦略の深淵に迫る。



20年の安定を捨て、42歳で選んだ「個」の戦場


【中村】 中田さん、本日はよろしくお願いいたします。中田さんは大日本印刷(DNP)という日本を代表する大企業に20年間勤められ、そこから42歳で独立されました。誰もが羨む安定を捨てての転身ですが、当時はどのような思いだったのでしょうか。


【中田さん】 よろしくお願いします。正直に言えば、自分ではエリートだなんて一秒も思ったことはないんです。野球を大学まで続けて、DNPに入ったのは「ただ一般企業で自分がどこまでやれるか試したい」という、極めてシンプルな動機でした。


法人営業として泥臭く走り回り、気づけば20年。でも、40歳を過ぎた頃に「このまま組織の一部として、誰かの決めたレールの上で終わっていいのか」という問いが頭から離れなくなったんです。


【中村】 組織の看板を外し、自分という一人の人間が世の中にどう響くのか、試したくなったのですね。


【中田さん】 そうです。独立後に猛勉強して中小企業診断士の資格を取ったのも、自分の純粋な武器を確認したかったからです。42歳での独立は、周囲からは無謀に見えたかもしれません。


でも、私の中では「自分の人生のハンドルを、死ぬまで自分で握り続ける」ための、必然的な決断でした。最初は大手向けの販促コンサルから始めましたが、そこで出会った一人の若者が、私の運命を大きく変えることになります。



「野球が終わった時に、俺の人生は終わった」――一人の若者の絶望が、男に火をつけた


【中村】 それが、中田さんの現在の使命に繋がる、あの元甲子園球児との出会いですね。

【中田さん】 ええ。かつて甲子園の土を踏み、将来を嘱望されながらも肩の故障で挫折し、大学も中退してアルバイトで食いつないでいた若者です。


彼と出会ったとき、その目の輝きが完全に失われているのが、たまらなく悲しかった。彼は「自分の人生は野球が終わった時に終わった」と思い込んでいたんです。私は彼に言いました。「お前の人生のピークは、20歳じゃない。これからビジネスの世界で、野球以上の熱狂を作れるんだ」と。


【中村】 中田さんのその言葉は、暗闇の中にいた彼にとって、唯一の光だったはずです。


【中田さん】 彼を私のそばに置き、ビジネスの基礎を徹底的に叩き込みました。メールの一通、企画の立て方、交渉の機微まで。結果として彼は立派に就職を果たし、自信を取り戻した。その彼が去り際に私に言ったんです。


「中田さん、僕のように未来が見えなくて苦しんでいるアスリートは全国にたくさんいます。その人たちを救える仕組みを作ってください」と。この若者の言葉が、私の経営者としての「覚悟」を決定づけました。



なぜアスリートの「次の道」は1年で閉ざされるのか。丸腰で戦場へ送る罪


【中村】 私も元アスリートとして痛感しますが、引退後のネクストキャリアはあまりにもルールが違います。中田さんはこの問題に対して、非常にシビアな現状分析をされていますよね。


【中田さん】 1年半かけて徹底的に調査しました。その結果、世の中のアスリート支援の99.9%が、いわゆる「就職エージェント」であることに気づいたんです。とりあえずどこかの企業に押し込む。でも、実際に就職したアスリート100人に話を聞くと、約6割が1年以内に辞めている。これは支援側の怠慢なのか、アスリートの問題なのかは分かりませんが、私には構造的な欠陥に見えました。


【中村】 なぜ、あれほど過酷な練習に耐えてきたアスリートたちが、新しいステージでは1年も持たずに離職してしまうのでしょうか。


【中田さん】 理由は明白です。彼らが「ビジネスの戦い方」を知らずに、いきなり最前線の戦場に放り出されているからです。企業側は「アスリートは根性があるから大丈夫だろう」と過信し、アスリート側は「言われたことは頑張ります」と精神論で応える。


しかし、ビジネスに必要なのは、根性ではなく「スキル」と「マインドセットの転換」です。彼らは武器を持たずに、勝てる土俵かもわからず丸腰で戦っている。だから負けるんです。


【中村】 だからこそ、中田さんは「就職の前に、戦うための武器を与える再教育が必要だ」と考えられたわけですね。


【中田さん】 その通りです。私がやっているのは就職斡旋ではなく、アスリートを「ビジネスのプロ」へと変える再教育です。アスリートが持つ「目標達成への執着心」は、正しい「技術」と組み合わさったとき、ビジネスにおいて最強のエンジンになります。彼らがネクストキャリアで再び主役になれるよう、私はそのエンジンの回し方を授けているんです。



5割の勝ちには興味がない。誰も挑まない難題こそが「平常運転」


【中村】 中田さんの言葉からは、単なる支援の枠を超えた、経営者としての冷徹なまでの「勝負勘」を感じます。


【中田さん】 この年になるとね、うまくいくかどうかが5分5分くらいの、そこそこの挑戦には全く興味が持てないんです。「これは難しいぞ、誰も解決できていないぞ」という、圧倒的にハードルが高い難題にこそ、挑む価値がある。


【中村】 「5割の勝ちには興味がない」。まさに勝負師の思考ですね。


【中田さん】 人はそれを「挑戦」と呼ぶかもしれませんが、私にとってはこれが「平常運転」です。アスリートが競技で極限を求めるのが当たり前なように、私もビジネスというリングで、最も価値のある変化を起こしたい。


アスリートがビジネススキルという武器を手にし、社会をリードする存在になる。そんな未来を作るためなら、どれほどのリソースを割いても惜しくはありません。彼らの全盛期を、これから更新し続ける。それが私の戦いです。



編集後記

「人生のピークは20歳ではない」。中田氏が放ったこの一言は、かつてフィールドで全てを燃焼し、その後の「空っぽ」な時間に怯えた経験を持つ私にとって、魂を揺さぶられるような響きを持っていた。


多くの支援者が「優しさ」という名の妥協や安易な就職先を提示する中、中田氏はあえて「再教育」という厳しい道を示す。それは、アスリートという存在のポテンシャルを誰よりも信じ、一人のプロフェッショナルとして心からリスペクトしているからに他ならない。


「6割が辞めていく」という冷酷な現実に、中田氏は「精神論」ではなく「教育」という知略で立ち向かう。彼が目指すのは、アスリートが敗者復活戦を戦う場所ではなく、ビジネスという新しい戦場で再び「世界の中心」へと駆け上がるためのベースキャンプだ。


中田氏の描くこの熱が、日本中の迷えるアスリートたちの道を照らし、彼らが新たな「全盛期」を切り拓いていくことを、私は確信している。



プロフィール

【ゲスト:中田 仁之】 株式会社ABUnited 代表取締役。大学まで野球に打ち込み、大日本印刷(DNP)にて20年間、最前線の法人営業として活躍。42歳で独立後中小企業診断士の資格を取得、多くの企業の経営コンサルティングを手がける。挫折した元甲子園球児との出会いを機に、アスリートのネクストキャリアにおける構造的課題に着目。単なる就職支援ではない、ビジネススキルを武器として授ける「再教育」を主眼とした支援事業を展開。5割の成功率には興味を示さず、常に「困難だが意義のある挑戦」を選び続ける。



【インタビュアー:中村 航司】 一般社団法人日本スポーツコミュニティ協会(縁TRANCE) 代表理事。元フィールドホッケー選手(ドイツ・ブンデスリーガ所属/元U18日本代表)。世界トップリーグでの過酷なプレー経験を持つ元トップアスリート。引退後は、スポーツの世界で培った「挑戦するマインド」をビジネス領域に還元すべく活動。数多くの経営者と対話を重ね、本質的な課題解決をサポートしている。


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