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資産10億を溶かし50歳で母に泣きついた…元WeWork CEOが地獄で気づいた「日本が最強である理由」

  • 2月18日
  • 読了時間: 10分

更新日:2月19日




ゴールドマン・サックス、ソフトバンク、WeWork Japan CEO。 ジョニー・ユー氏の経歴は、誰もが羨む「王道のエリート街道」に見える。


しかし、その裏側には「15年間の暗黒時代」があった。 なぜ彼は、全財産を失いながらも復活できたのか。そして、日米の天国と地獄を知る男が「日本こそが希望だ」と断言する根拠とは。


『戦う経営者図鑑』特別企画として、元フィールドホッケー選手・元ブンデスリーガー・中村航司氏がその真相に迫った。



「天才」ではない。運が良かっただけの「補欠」だった


【中村】 ジョニーさんはUCバークレーを経てゴールドマン・サックスで活躍、その後WeWork Japanのトップまで務められました。経歴だけを見れば、挫折を知らない「王道のエリート」です。 しかし、実際にお話しすると驚くほど腰が低く、そのギャップに驚かされます。


【ジョニー】 いえいえ。僕はただただ「運」が良かっただけの男なんです。 

高校時代はカリフォルニア州でもトップレベル、年間53勝0敗という無敵のバスケ部にいました。でも、僕はそこで万年補欠。ベンチからスター選手たちを眺めて、「ああ、世界にはこんな化け物がいるんだ」と指をくわえていただけの人間です。


【中村】 そこから、どうやって金融の頂点へ?


【ジョニー】 それも「隙間産業」みたいなものです(笑)。 僕が就職した90年代前半、日本の優秀な学生たちは東京海上や日本生命、興銀(日本興業銀行)といった国内大手を目指していました。「外資系? ゴールドマン? なにそれ?」という時代です。だからゴールドマンも、僕みたいな「日本語が喋れるだけの外国人」を雇うしかなかった。


【中村】 ご自身を卑下されますが、それでも結果を出されたのは事実です。


【ジョニー】 ラッキーだったんです。17歳の頃、友人の父親が株の師匠になってくれて、2年間みっちり相場の世界を叩き込まれました。だから入社した時点で、他の同期よりスタートラインが前にあっただけ。


さらに、1997年から2001年のインターネットバブルです。給料も高い上に、個人的に投資していた資金が一気に15倍になった。20代にして、今の価値で言えば10億円近い資産を持ってしまった。

これが、僕の人生を狂わせる始まりでした。


【中村】 20代で10億…。アスリートの世界でも、若くして大金を手にした選手が道を踏み外すことがありますが、感覚がおかしくなりませんか?


【ジョニー】 おかしくなりましたよ、完全に。

 「俺は伝説的なトレーダーだ」「俺が触るものは全て金になる」って本気で信じていました。派手な車に乗り、高いスーツを着て、女性にもモテて……。


でもね、中村さん。不思議なことに、心の中はずっと空っぽだったんです。お金が増えれば増えるほど、なぜか「虚しさ」だけが募っていく。あの感覚は、今思い出してもゾッとします。



「謙虚になりたい」と願ったら、15年間の地獄が始まった


【中村】 満たされない心。そこからどうやって人生が変わっていったのですか。


【ジョニー】 30代前半での「離婚」が決定打でした。原因は傲慢だった僕にあります。家庭が壊れて初めて、「ああ、このままの生き方じゃダメだ」と気づいたんです。


そこで僕は決意しました。「人生をやり直そう。もっと謙虚で、まともな人間になろう」と。


会社を辞め、哲学や宗教の本を150冊以上読み漁り、修行のような生活に入りました。

ところがです。皮肉なことに、心を入れ替えようとした瞬間から、僕の人生は坂道を転げ落ちていったんです。


【中村】 良くなろうとしたのに、悪くなったと?


【ジョニー】 そうです。そこから15年間です。


1年や2年じゃない。15年間、本当に何をやっても失敗し続けました。 極めつけは2014年。「これからは農業だ」と思って、水耕栽培のベンチャーを立ち上げました。自信はありました。でも、結果は大失敗。


【中村】 農業ですか……。金融とは全く違う世界ですね。


【ジョニー】 ええ。全財産を失うどころか、多額の借金を背負いました。当時、僕は再婚して幼い子供もいた。50歳手前で無職、借金まみれ。プライドも何もかもズタズタです。


最後はどうしたと思いますか? ……母親に頭を下げて、お金を工面してもらったんです。


【中村】…50歳で、お母様に。それは、戦ってきた男として一番キツイ瞬間かもしれません。


【ジョニー】本当に情けなかったです。でも、それが現実でした。


生きるために、僕はかつての古巣・ソフトバンクの友人に連絡しました。「どんな仕事でもいい。給料が安くてもいいから働かせてくれ」と。かつてのプライドなんて、全くありませんでした。



稼働率40%…WeWork再建の裏にあった泥臭さ


【中村】 そこから這い上がり、WeWork JapanのCEOにまで上り詰められました。2021年の就任といえば、WeWork本社が経営危機にあり、さらにコロナ禍という最悪のタイミングでした。なぜ、その選択をしたのですか?


【ジョニー】 中村さん、正直に白状しますね。あれは……僕なりの「計算」があったんですよ。


【中村】 計算、ですか?


【ジョニー】 2021年といえば、東京オリンピックの開催が決まっていた年です。


僕の読みはこうでした。「今はどん底だけど、オリンピックが始まれば海外から人が押し寄せ、オフィス需要は爆発的に回復する。今、底値で社長を引き受けておけば、回復した時に手柄になるじゃないか」と。


リスクを取った英雄のように見えますが、実は「勝ち馬に乗ろうとした」だけなんです。


【中村】 なるほど(笑)。投資家的な「安く買って高く売る」発想ですね。


【ジョニー】 ところが、神様はまだ僕を許してくれなかった。蓋を開けてみれば、まさかの「無観客開催」。さらに緊急事態宣言の繰り返しで、街から人が消えました。

僕が社長になった途端、稼働率はさらに下がって40%まで落ち込んだ。


オフィスの半分以上が空っぽ。毎日、巨額の赤字が垂れ流される。計算なんて吹き飛びましたよ。「これはもう、腹を括るしかない」と。


【中村】 その絶望的な状況を、どう打破したんですか?


【ジョニー】 開き直りました。「値段なんてどうでもいい! とにかく人を入れろ!」と号令をかけました。WeWorkのようなシェアオフィスは、「夜のクラブ」と同じなんです。


ガランとした誰もいないクラブに、高い入場料を払って入りたい人なんていませんよね? 逆に、人が溢れて熱気がある場所には、みんな行列を作ってでも入りたがる。


だから、まずは赤字覚悟でもいいから人を詰め込んで、熱気を作る。「あそこに行けば何か面白い出会いがある」という空気を作る。なりふり構わず泥臭くやった結果、なんとかV字回復まで持っていくことができました。


かつてプライドが高かった自分ならできなかったでしょう。15年間の失敗が、僕から余計なプライドを削ぎ落としてくれていたんです。



地獄を知る男が見た日本の希望


【中村】 ジョニーさんは、今の日本に対して非常にポジティブなメッセージを発信されています。多くの人が「日本はもうダメだ」と悲観する中で、なぜそこまで日本に確信を持てるのですか?


【ジョニー】 それは僕が、アメリカという国の「実情」を知っているからです。

中村さん、アメリカは確かに経済指標はいいかもしれない。一部の超富裕層は信じられないほどリッチです。でも、その足元がどうなっているかご存知ですか?


アメリカ人の約7割が「自分は貧しい」と感じていて、貯金が20万円もない人が大半です。街中にはホームレスが溢れ、大都市の道端には人間の排泄物が落ちている。これ、比喩じゃなくて現実なんですよ。


【中村】 メディアでは「強いアメリカ」ばかり報じられますが、内実は違うと。


【ジョニー】 もっと酷いデータがあります。アメリカの国民の41%が肥満(BMI30以上)です。メタボを含めれば7割を超えます。国民の半数近くが健康を害している国が、本当に「勝っている」と言えるんでしょうか。


さらに、学生ローン地獄です。多くの若者は大学を出るのに借金をし、その返済で一生を棒に振る。アメリカの法律では「学生ローン」だけは自己破産しても消えないんです。


【中村】若者が最初から詰んでいる社会なんですね。


【ジョニー】そう、国民が追い詰められて、社会がギスギスしているんです。

それに比べて日本はどうですか? 経済の数字以上に大切な「社会の強さ」があります。

僕は2011年の3.11(東日本大震災)の日、その答えを見ました。


当時、僕は丸の内のビルにいました。交通機関が麻痺し、自宅のある駒沢公園まで約14キロ、4時間半かけて歩いて帰ったんです。その道中、僕は信じられない光景を見ました。


略奪もない。暴動もない。それどころか、コンビニはトイレを無料で貸し出し、見ず知らずの人たちが声を掛け合い、助け合っている。


【中村】 日本人からすると「当たり前」の光景かもしれませんが……。


【ジョニー】 いいえ! 断じて当たり前じゃありません! もしアメリカで同じ規模の災害が起きたら、30分以内に暴動が起きていますよ。店は襲われ、弱い人間から身ぐるみを剥がされる。それが「世界の常識」なんです。


あの日、4時間半歩きながら、僕は涙が出るほど感動しました。「この国はすごい。こんな気高い精神を持った国は、世界中どこにもない」と。



ビジネスは「明日また試合ができる」素晴らしいゲームだ


【中村】 今の日本には閉塞感があると言われますが、ジョニーさんの目には「希望」が映っているんですね。


【ジョニー】 絶対に復活しますよ。日本の若い人たちは「失われた30年」の中で苦労してきました。 でもね、苦労を知っている人間は強いんです。調子に乗って浮かれている人間より、歯を食いしばって耐えてきた人間の方が、最後は絶対に勝つ。


AI、ロボティクス、世界一の医療制度、そして日本人の勤勉さと現場力。これらが組み合わされれば、日本は再び世界をリードできます。


【中村】 勇気が湧いてくる言葉です。

最後に、今まさに困難に立ち向かい、心が折れそうになっている経営者や若者にメッセージをお願いします。


【ジョニー】 ビジネスの良いところは、スポーツと違って「明日また試合ができる」ことです。 スポーツの試合は、負けたらそこでシーズン終了かもしれない。でもビジネスは、今日大失敗しても、明日また違う方法を試せばいいんです。


僕を見てください。50歳で財産を失い借金まみれになって、母親に泣きついた男ですよ?(笑)それでも今、こうして笑って、新しいビジネスを楽しんでいる。


致命的な負けでなければ、いくらでも修正がききます。だから、失敗を恐れすぎないでください。慎重になりすぎず、自信を持って、まずは行動してください。



日本の夜明けは、もうすぐそこまで来ています。僕が保証しますよ。



【編集後記】 


「僕は15年間、やること全てが裏目に出た」

そう語るジョニー氏の表情は、不思議と晴れやかだった。そこには、エリート街道を歩んできた「勝ち組」の傲慢さは微塵もない。何度も泥水をすすり、自分の弱さと向き合い、プライドをかなぐり捨てて這い上がってきた人間だけが持つ、本物の優しさと強さがあった。


私たち『戦う経営者図鑑』は、こうした経営者の「綺麗な成功談」ではなく「泥臭い戦いの記録」こそが、次の挑戦者へのエールになると信じている。


もしあなたが今、自分のキャリアや事業に行き詰まりを感じているなら、ジョニー氏のこの言葉をお守りにしてほしい。「ビジネスは毎日が新しい試合だ」


負けてもいい。また明日、戦えばいい。この素晴らしい日本というフィールドで、私たちは何度でも立ち上がれるのだから。(文:戦う経営者図鑑編集長:長野憲次)



【Guest Profile】

ジョニー・ユー(Johnny Yoo) YOO 合同会社 代表社員 京都生まれ、米国カリフォルニア育ちの韓国系アメリカ人(国籍がアメリカ)。UCバークレー卒業後、ゴールドマン・サックスに入社しトレーダーとして活躍。


20代で巨万の富を得るも、その後、離婚、事業失敗を経て、約15年間の不遇の時代を過ごす。50歳を前にソフトバンク株式会社へ復帰し、2021年から2025年までWeWork JapanのCEOを務め、コロナ禍の困難な時期の経営再建に尽力した。現在はYOO合同会社を設立し、日本企業の成長支援や海外企業の日本進出のコンサルティングを行っている。


【interviewer】

戦う経営者図鑑公式インタビュアー


中村 航司(なかむら こうじ)

一般社団法人日本スポーツコミュニティ協会(縁TRANCE) 代表理事

元フィールドホッケー選手(ドイツ・ブンデスリーガ所属/元U18日本代表)

世界トップリーグでのプレー経験を持つアスリート。引退後は、スポーツで培った「挑戦するマインド」をビジネスに活かすべく活動中。


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