正解なんてないけど、舵は切り続ける。老舗3代目が語った、孤独と覚悟。聞き手:元世界王者。
- nagano
- 1月21日
- 読了時間: 7分

【編集部より】
京都・甘党茶屋「梅園」。創業94年を誇るこの老舗を率いるのは、三代目の西川葵氏だ。
対するインタビュアーは、ボクシングの元3団体世界王者の多田悦子氏。
リングの上で体を張り続けた王者と、伝統という名の重圧の中で経営の舵を切り続ける社長。一見接点のない二人だが、今回のインタビューを通じて考え方や生き方に深く共鳴し合った。
飾らない言葉で語られたのは、成功譚ではなく、苦悩と決断、そして「誠実さ」という最強の武器についての物語だった。
子供心に誓った「私が守らなきゃ」

多田(以下、多田): 今日はよろしくお願いします。私、西川さんにお会いする前からもう言ってるんですけど、みたらし団子が大好きなんでございます(笑)。
梅園さんは創業94年で三代目ですよね。西川さんは就職するとき、家業を継ぐことに対して抵抗とかなかったんですか?
西川(以下、西川): そうですね、就職は考えてなくて、小さい時から自分の会社を継ごうと思ってたんで。 うちは家がそもそも工場みたいなところで、朝起きたら工場の人が出勤してくるみたいな環境やったんで、もう自然と「継ぐんだろうな」と思ってましたね。
多田: 嫌やな、とかはなかったんですか?
西川: それが、親がずっと頑張ってきているものを見てきてるんで、「守りたいな」っていう思いがすごかったんですね。
正直、うちの両親ってそんなにコミュニケーションが得意じゃなかったんですよ。従業員の人とうまくいかへんな、みたいなのをずっと見てきてるんで、「なんか私にできることないかな」っていうのがあったんですかね。
多田: すごい達観した子供ですね。 いや、継ぎたくないっていう人が多い中、その原点が「守りたい」っていうのは、今の時代にめっちゃ必要な感覚やと思います。
【取材ノート】 「守りたい」。西川氏がさらりと言ったその言葉に、多田は深く頷いた。現役を退き、経営に携わる立場となった今、その言葉の重みが胸に深く響いたからだ。
2030年問題と「好き」だけでは生きられない現実
多田: ちょっと調べてきたんですけど、伝統を守るために新しいことも仕掛けてますよね。「みたらしバターサンド」とか、百貨店への出店とか。 あれはやっぱり、新しい風を入れようという戦略なんですか?
西川: それも半分は百貨店さんからのオファーでお題をいただいて作ったんですけどね(笑)。 でも、正直な話をすると、経営をしていると「お菓子作りが好き」という気持ちだけではやっていけなくて。
多田: そこ、ぶっちゃけたところを聞きたいです。好きと経営の葛藤というか。
西川: 例えば、最低賃金の話です。2030年には時給1500円になると言われていますよね。その時、単価の低いみたらし団子を「いくらで売れるんやろう」って。
一杯2000円のお蕎麦とかうどんにお客さんが2000円出せるかな、みたいな日が来ると思うんですよ。
多田: うわ、リアルな数字ですね……。
西川: そうなんです。だから、店舗だけじゃなくて、少ない人数でも売上を上げられる効率の良い百貨店での販売とかが必要になるんです。
「好きなことをやる」というよりも、会社と雇用を守るために「やらないといけないことをやる」。ここ数年は、そんな感じですね。
多田: いや、それめっちゃ分かります。私も現役時代、スタイルを変えなきゃいけない時期があったんです。自分の好きなボクシングだけじゃ勝てない。生き残るために変化する。 その時の「変える勇気」って、ものすごくエネルギーがいるじゃないですか。
西川: まさにそうです。 現状維持って、まっすぐ平坦に進もうとしたらできなくて、登ろうとしてやっと現状維持ぐらいの感じなんですよね。だから、常に舵を切り続けないと、あっという間に落ちていく。
コロナ禍の決断と、人の去り際

多田: その「舵切り」で一番キツかったのっていつですか?
西川: やっぱりコロナの時期ですね。その時、伊勢丹のお店を残すために工場のリニューアルをして機械を入れるっていう、大きな方向転換をやったんです。
多田: 機械化、ですか。
西川: はい。それまで手作りでお菓子を作りたい思いのある従業員の方を手放してしまったっていうのが、本当に辛いことではあったんですけど。
「機械化するなら辞めます」って言って、去っていった人もいたんですよ。
多田: うわぁ、それはキツイ……
西川: そうですね。本当に大変やったんですけどね……でも、戻ってきてくれることになったんです。
多田: ええーっ! マジですか!
西川:うちはいつも人手不足ですし、その方の人柄も分かってるんで、「どうぞどうぞ」と。
多田: 西川さん、懐が深いわ(笑)。でも、戻ってこれる場所があるって、会社に魅力がある証拠ですよ。
【取材ノート】「うちは、また戻ってきてくれる人が多いんですよ」。そう穏やかに語る西川氏の言葉からは、94年の歴史の中で培われた、人を惹きつけ、再び迎え入れる懐の深さがにじんでいた。多田氏が何度も深く頷いていたのも、その言葉の裏にある信頼と積み重ねを感じ取ったからだろう。
1.5倍どころじゃない、抹茶価格の高騰と人間の本性

西川: 変化といえば、去年は「抹茶」ですごいことがあって。インバウンドの影響や海外での買い占めがあって、仕入れ値が1.5倍どころか、3倍になったりして。
多田: 3倍!? お団子の値段、そんな上げられないですよね。
西川: 到底買えないですよね。しかも、何十年も付き合いのあった仕入れ先さんが、突然「海外の方に売れたんで、もう残ってませんよ」みたいな方もいて。
なんか本当にお茶業者さんの人間性が、去年一気に見えたみたいな年だったんですよ。
多田: うわ、エグい……。リアルな話しか出てこないですね(笑)。でも、そういう時に「誰と付き合うか」がハッキリしますよね。
西川: そうなんです。だからこそ、誠実でありたいと思うんです。 嘘をつかず、できないことはできないと言う。結局、最後に残るのは人と人との信頼関係ですから。
「誠実はラブ!」王者が惚れたリーダー像
進行: 西川さんのお話を聞いていると、良いことばかり言わず、失敗や苦しい現状も隠さず話してくださいますよね。それが逆にすごい誠実というか。
西川: そうですか? よく「もっとオブラートに包んだ方がよかったのかな」って思うんですけど(笑)。
多田: いや、私は「誠実」が一番やと思います! 「誠実はラブですよ!笑」
今の若い子たちも、多分そういうリーダーを求めてると思うんです。カッコつけて本音を隠すんじゃなくて、「今はここがしんどい、だから助けてくれ」って言えるリーダーの元に、人は集まるんじゃないかな。
西川: そう言ってもらえると嬉しいです。私はカリスマ性もないし、正解も分からない。 でも、会社の現状を一番分かっているのは私やろうから、最適解を出せるのも私だろうと思ってやってます。
それに、長く働いてくれているスタッフたちが、私の足りないところを支えてくれている。彼らは本当に財産ですね。
記憶という「場所」を守るために

多田: 最後に、これからどんな会社にしていきたいですか?
西川: やっぱり、うちのお店の本質は「場所」だと思うんです。 お団子が美味しいのはもちろんですけど、この空間でみたらし団子を食べるっていう「喫茶」の部分。
「おばあちゃんが連れてきてくれはったわ」みたいな思い出であったり、「学生時代に彼氏と来たわ」みたいな思い出であったり。そういうお客様の人生の記憶が積み重なっている場所なんじゃないかなと。
多田: 「連れてきてくれはったわ」……ええ言葉ですね。
西川: 私は和菓子屋というよりも、この「喫茶」という空間、思い出を支える仕事を続けたい。 だからこそ、働くスタッフには、評価制度を整えて、自分がどう成長すればいいか分かるような、安心して長く働ける環境を作ってあげたいと思っています。
多田: いやぁ、今日は本当にいい話を聞かせてもらいました。 西川さん、やっぱり「戦う経営者」ですね。リングは違っても、守るもののために泥臭く戦ってる姿、めっちゃカッコいいです。
西川: ありがとうございます。今日は風邪で声がカスカスで申し訳なかったんですけど(笑)、本音でお話しできてよかったです。
多田: その声もまた、戦ってる証ってことで(笑)。今度はお店にみたらし団子、食べに行きますね!

【対談を終えて】
インタビュー中、西川氏は自身のことを「何もできない」「正解が分からない」と謙遜した。しかし、コロナ禍での冷徹な決断、去っていった職人を再び受け入れる包容力、そして高騰する原材料市場での戦い――そのすべてが、彼女が一流の「ファイター」であることを証明していた。
「伝統を守る」とは、ただ古き良きものをそのまま置くことではない。時代の荒波に合わせて、形を変え、痛みを伴う決断を繰り返しながら、本質だけは死守する。その壮絶な覚悟が、元世界王者・多田悦子の心をも震わせたのだろう。
京都の片隅で、今日も西川葵は戦っている。あたたかくて甘い、あの場所を守るために。
戦う経営者図鑑|アスリート式編集部



コメント