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創業110年の老舗を走る「マラソン社長」のメンタル再生術。伝統と革新の狭間で、走り続ける理由

  • 1 日前
  • 読了時間: 7分



茨城県土浦市。

ここで110年の歴史を刻む老舗、小松屋食品株式会社。

その4代目として暖簾を守るのが、柳生(やぎゅう)剛氏だ。


佃煮とうなぎ。

伝統の味を守り抜くその姿は、一見すると順風満帆な「老舗の若旦那」に見えるかもしれない。


しかし、その裏側には、婿養子として突然経営を引き継いだ戸惑い、コロナ禍での経営危機、

そしてプレッシャーに押しつぶされそうになる夜があった。


彼を救ったのは、意外にも「マラソン」だった。


なぜ彼は走るのか。そして、走ることで経営はどう変わったのか。

元プロボクサーである長野憲次が、その「戦う足跡」に迫った。



「お前、会社辞めてこい」突然の事業承継


【 長野: 】

今日はよろしくお願いします。柳生さんといえば、やはり「マラソン」のイメージが強いですが、まずはその前に、経営者になるまでの経緯をお聞きしたいです。

もともと家業を継ぐつもりだったんですか?


【 柳生: 】

いえ、全くそんなことなかったんです。

実は私、この会社は妻の実家でして、いわゆる婿養子なんです。

もともとは富士フイルムの子会社で営業のサラリーマンをしていました。


【 長野: 】

えっ、そうだったんですか。では、ある日突然?


【 柳生: 】

そうです。妻は3姉妹の3番目で、上の二人が家を出てしまって。


「お前会社を辞めてこい」


そう言われて、入らざるを得ない状況になったんです。

当時はサラリーマンとしてもそこそこ順調で、何も困っていなかった。

だから、正直に言うと「なんとなく」入ってしまったんです。


【 長野: 】

覚悟が決まっていたわけではなかったんですね。実際に入ってみてどうでしたか?


【 柳生: 】

しんどかったですね。

年商規模も違えば、文化も違う。営業として入ったものの、店舗の売上を伸ばさなきゃいけないというプレッシャーがのしかかってきました。


そんな時、ある先輩に「お前、マラソンやれよ」って言われたんです。

最初は「そんなの簡単ですよ」なんて若気の至りで答えたんですが、これが私の人生を変えるきっかけになりました。



背中に「佃煮とうなぎ」。走る広告塔としての覚醒


【 長野: 】

マラソンがきっかけで、何かが変わったんですか?


【 柳生: 】

最初はただ走らされていただけだったんですが、ふと「これ、お店のPRになるんじゃないか?」と思ったんです。

それで、Tシャツの背中に「佃煮とうなぎ」って書いて走ることにしました。


【 長野: 】

(笑)それは目立ちますね!


【 柳生: 】

そうなんですよ。

だんだんタイムが速くなってくると、周りのランナーがざわつくんですよ。


「なんだあの佃煮とうなぎは!」って(笑)。

女性ランナーから「佃煮がお好きなんですか?」なんて声をかけられたりして。


【 長野: 】

面白いですね。でも、ただのPR以上に、経営者としてマラソンから得たものは大きかったんじゃないですか?


【 柳生: 】

おっしゃる通りです。

経営って、客観的な数値ですぐに結果が出ないことも多いじゃないですか。

でも、マラソンは練習すればタイムが縮まる。


「努力が数値として裏切らない」


この体験が、すごく嬉しかったんです。



「逃げられないから、走るしかなかった」コロナ禍の苦悩


【 長野: 】

経営者として、これまで一番苦しかった「ピンチ」はいつでしたか?


【 柳生: 】

やっぱり、コロナ禍ですね。

会社を引き継いで、さあこれからという時にコロナが来て、預金残高がどんどん減っていく。

「このまま終わるのかな」という恐怖がありました。


それに加えて、110年続く老舗特有の人と人の問題、お金の問題……。

頭の中を悩みがグルグル回り続けていました。


【 長野: 】

想像するだけで胃が痛くなりそうです。


【 柳生: 】

もしマラソンをやっていなかったら、間違いなくメンタルを病んでいたと思います。

走っている間だけは、無心になれる。あるいは、走りながら思考を巡らせることで、ふと改善策が降りてくるんです。


【 長野: 】

マラソンが「逃げ場所」ではなく「戦うための準備」になっていたんですね。


【 柳生: 】

そうですね。経営からは逃げることができませんから。


「逃げることができないので、やるしかないじゃないですか」


マラソンも同じで、途中で棄権するとものすごい後悔が残るんです。

だから、どんなに苦しい壁が来ても、これは乗り越えて大きくなるチャンスなんだと、走りながら自分に言い聞かせていました。



経営者のメンタルは「食」と「体」で作られる


【 長野: 】

お話を聞いていると、心と体が完全にリンクしているのを感じます。


【 柳生: 】

それは間違いありません。

ある飲食コンサルの先生に出会って学んだのが、「すべての責任は自分にある」というマインドセットと、そして「健康」の重要性でした。


実は私、50歳を過ぎてから体重が7〜8kg落ちて、52歳でマラソンの自己ベストを出したんです。


【 長野: 】

ええっ! 50代で自己ベスト更新ですか!?


【 柳生: 】

はい。年代別ランキングで日本2位になりました。

やったことはシンプルです。


・ よく噛むこと

・ 変な栄養を入れないこと

・ 小麦や乳製品を控えて、玄米中心の粗食にする


経営者がメンタルを落とさないためには、やっぱり体調が健康じゃないといけないんです。

体が不健康だと、どうやってもハッピーな思考にはなれませんから。


【 長野: 】

確かに……。

お金や人の裏切りでメンタルがやられる経営者は多いですが、その土台にあるのは「体」なんですね。


【 柳生: 】

そうです。

成功している経営者は、間違いなく健康と経営が密接に関係していることを知っています。

私がコロナ禍の危機を乗り越えられたのも、健康な体があったからこそ、心が折れずに済んだんだと思っています。



110年の襷(たすき)を、次の時代へ


【 長野: 】

現在もまだ、うなぎの原価高騰など厳しい状況はあるとおっしゃっていましたが、これからの展望はどう描いていますか?


【 柳生: 】

110年続いているからこそ、どうしても「過去」に執着しがちなんです。

でも、これからは規模を縮小してでも、時代に合わせて変化していかなければ生き残れません。


今はAIと壁打ちをしながら新しいアイデアを出したり、バーチャルレストランのような新しい業態にも挑戦しています。


【 長野: 】

伝統を守りながらも、手法は最新を取り入れているんですね。


【 柳生: 】

そして何より、これからは「人」です。

給料の条件だけで選ぶのではなく、「誰かの役に立ちたい」「土浦の伝統を守りたい」と共感してくれる仲間と一緒に働きたい。


私は今、110年の歴史という駅伝の襷(たすき)を持っています。

これを次の世代へつなぐために、一緒に伴走してくれる人を求めています。


【 長野: 】

「一緒に伴走する」。ランナーである柳生さんならではの、素晴らしい言葉ですね。


【 柳生: 】

ありがとうございます。

何のために生まれてきたのかと考えた時、私はマラソンをするために生まれたわけじゃありません。


手の届く範囲の人たち、妻や子供、従業員、そしてお客様を幸せにする。

それが私の走る理由であり、生きる目的だと思っています。



【編集後記】戦うあなたへ


「逃げられないから、やるしかない」


柳生氏の口から出たこの言葉は、元プロボクサーである私の胸にも深く刺さった。

リングの上でも、経営の現場でも、私たちは常に孤独な戦いを強いられている。


しかし、柳生氏はその孤独を「走る」という行為で、自分との対話の時間に変えた。


心と体はつながっている。

単純なことのようで、多くの経営者が後回しにしている真実だ。


もしあなたが今、解決できない悩みやプレッシャーに押しつぶされそうになっているなら、まずは靴を履き替えて、少しだけ外を歩いてみてほしい。


脳がクリアになり、体が整えば、必ず「次の一手」は見えてくる。

110年の重圧を背負いながらも軽やかに走り続ける彼の姿は、私たちにそう教えてくれている。



【Guest Profile】

柳生 剛(Yagyu Tsuyoshi)

小松屋食品株式会社 代表取締役


茨城県土浦市で創業110年を超える老舗「小松屋食品」の4代目当主。佃煮・うなぎの製造販売を手掛ける。元々は異業種のサラリーマンだったが、結婚を機に婿養子として家業を継承。経営の重圧と向き合う中でマラソンに目覚め、50代にして自己ベストを更新、年代別日本ランキング2位の実力を持つ。「心と体の健康こそが経営の要」という信念のもと、伝統の味を守りながら新時代の経営に挑戦し続けている。産業カウンセラーの資格も保有。


【interviewer】

長野 憲次 元プロボクサー/株式会社アスリート式 代表取締役 「戦う経営者図鑑」編集長。リングという極限の場所で培った精神力をビジネスに転換し、現在は経営者へのインタビューやブランディング支援を行う。


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