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上場よりも目の前のありがとうを。天才ではない自分が、ビジネスというフィールドで勝つための戦略

  • 2月18日
  • 読了時間: 7分


シンガポールとオンラインで繋ぎ、実現したこのインタビュー。

画面越しに現れた菅野壮紀氏は、日焼けした顔に精悍な笑みを浮かべていました。現在、飲食業界のDXを牽引する旗手として、シンガポール、ベトナム、カンボジアなどアジアを股にかけて戦っています 。


しかし、そのルーツは華々しい経歴ではありません。強豪校のサッカー部で、レギュラー争いの「12番目、13番目」にいた補欠選手でした 。


「自分は天才ではない」 と悟ったあの日から、彼はどうやってビジネスという名のピッチで「代えのきかない存在」へと登り詰めたのか。その正体に迫ります。



Aチームの端っこか、Bチームの主将か。選んだのは「責任」という名の重圧


【長野】: 菅野さんは学生時代、サッカーに打ち込んでいたそうですね。


【菅野】: そうですね。小・中・高とサッカーをやっていましたが。

正直、そんなに上手い選手じゃなかったんです。実力は常に12番目か13番目。レギュラーになれるかなれないかの当落線上でした 。


ある時、コーチに究極の選択を迫られたんです。 「Aチームの端っこに入るか、Bチームのキャプテンをやるか。どっちがいい?」 と 。


【長野】: プライドが邪魔をして、Aチームにしがみつく人も多い場面です。


【菅野】: 私は迷わず、「後者(Bチームの主将)」 を選びました。 端っこで誰かの影に隠れて「一応Aチームです」と言うより、たとえ2軍でもチームをまとめ、全責任を背負うポジションの方が、自分の性分に合っていると直感で感じたんです。

大企業の歯車になるより、ベンチャーの社長として泥を被る今の生き方は、まさにこの時に決まったのかもしれません 。


【長野】: まさに原点ですね。


【菅野】: 私は決して特別上手な選手ではなかったのですが、当時から一つだけ、周りの選手とは決定的に違う感覚を持っていたんです。多くの選手は、「試合でゴールを決める瞬間」のアドレナリンを求めて練習しますよね。


でも、私は違った。


 「毎日同じ時間にグラウンドに行き、同じ練習を淡々と繰り返すこと」


私はそのルーティン自体に快感を覚える、ちょっと変わった生徒だったんです 。

スポーツの世界は理不尽です。どれだけ努力しても、怪我一つで試合に出られなくなる。でも、積み上げた練習量だけは裏切らない。


「理不尽な世の中で、唯一信じられるのは継続だけだ」。 この諦めにも似た達観が、今の経営スタイルの基礎になっているかもしれません。



給料3万、成果ゼロ。エンジニアの「天狗の鼻」が砕け散った夜


【長野】: その「継続力」を持って25歳で起業。最初から順風満帆だったのでしょうか?


【菅野】: とんでもない。完全に「天狗の鼻」をへし折られました 。 当時は理系のエンジニアらしく、「良いプロダクトを作れば、営業なんてしなくても勝手に売れる。宣伝なんて不要だ」と傲慢に構えていたんです。


でも、現実は甘くない。通帳の残高が減り続ける恐怖。営業担当を雇ってみても、「月給3万円+フルコミッション」という無茶な条件だったこともあり、1年経っても成果はゼロ 。 ついに自分で売り歩くしかなくなった時、初めて気づいたんです。


「売れないのは周りのせいじゃない。『良いものを作れば勝手に売れる』と高をくくっていた、俺自身の驕りが原因だ」 と。


【長野】: その時にようやく覚悟を決めたんですね。


【菅野】: ええ。プライドを捨てて、「助けてください、教えてください」と飲食店のオーナーたちに頭を下げて回りました。お酒が強かったのも幸いして、朝まで飲み明かしながら懐に入り込んだ 。


すると、「お前がそこまで言うなら、仲間を紹介してやるよ」と、次々にパスを回してくれるようになったんです。 「ビジネスはスペックの叩き合いじゃない。人間関係のパス回しなんだ」 と、現場の最前線で教わりました 。



24時間鳴り止まない電話。受話器の向こうに積み上げる「信頼残高」


【長野】: 御社の代名詞とも言える「24時間電話サポート」。しかもコールセンターではなく、正社員のエンジニアが対応すると聞いて驚愕しました。今の時代、最も嫌がられる仕事ではありませんか?


【菅野】: 社員からは「ブラックだ」と言われることもありますよ(笑)。もちろん、労務管理上はきちんと承認を得てシフトを組んでいますが、他社が絶対にやりたがらない領域であることは間違いありません 。


でも、飲食店は夜中も戦っています。トラブルが起きた時、マニュアル通りのコールセンターに回されて「担当者から折り返します」と言われたら絶望するでしょう? だからうちは、開発者自身が夜中でも電話に出る。もし出られなくても、翌朝一番に「昨夜は申し訳ありませんでした」と謝罪を入れる 。


【長野】: そこまで徹底する理由は?


【菅野】: 「信頼」 を貯めるためです 。 AIや効率化が叫ばれる時代ですが、最後に人を選ぶ理由は信頼です。トラブルの時に逃げずに対応した経験は、平時の営業活動の何倍もの「信頼残高」として積み上がります。

例えば、朝まで一緒に酒を飲むのもそう。24時間電話に出るのもそう。 「こいつは業者じゃなくて、仲間だ」 と思ってもらえた瞬間、ビジネスのステージが一気に変わるんです。



上場準備をストップ。目の前の一皿を守るために


【長野】: 今後、会社としてどのようなゴールを目指していくのでしょうか。


【菅野】: 実は今、大きな方向転換をしています。ずっと準備してきた「上場」を、ストップさせることにしました。


上場というルールを守ろうとすると、「土日にお客様が困っていても、上司の承認がないと駆けつけられない」という本末転倒な事態が起きる。お客様の店が止まっているのに、ハンコ待ちなんてできません 。


「株主のために働くのか、飲食店のために働くのか」。 そう自問した時、答えは明白でした。私は、ルールのために現場を見捨てるくらいなら、上場しなくていい。「現場主義」を貫くために、あえて成長痛を受け入れる道を選びました 。


【長野】: 痺れますね。数字(株価)よりも、目の前の「ありがとう」を選んだと。


【菅野】: ある証券会社出身の知人が、飲食店を始めて年収が3分の1になったそうですが、「前職では言われなかったけど、今は『ありがとう』と言われる。こっちの方が幸せだ」 と語っていました 。


私も同じです。今、日本飲食団体連合会(食団連)の事務局としても活動し、業界全体の地位向上のために政治への働きかけも行っていますが、根底にあるのは「飲食が好き」という想いだけです 。


これから入ってくる仲間にも言いたい。「お金だけが欲しいなら他へどうぞ。でも、泥臭くても直接『ありがとう』と言われる瞬間が欲しいなら、うちにおいで」 と 。


社名の「APPLILAB(アプリラボ)」には、「会社(カンパニー)というより、志を持った仲間が集まる実験室(ラボラトリー)でありたい」という願いを込めました 。


私たちはこれからも、シンガポールやベトナム、カンボジアといった世界というフィールドで、日本のおもてなしを武器に戦い続けます 。



【編集後記】戦うあなたへ


インタビュー中、菅野氏は何度も「自分は天才じゃない」「上手くなかった」と口にしました。しかし、彼が選んだ「Bチームの主将」という生き方こそ、今のビジネスパーソンに最も必要な資質ではないでしょうか。


華やかなAチーム(大企業や流行りのビジネス)の端っこで安住するのではなく、たとえ泥まみれのBチーム(現場・中小企業)でも、そこで責任を背負い、信頼を積み上げる。

もしあなたが今、「頑張っているのに光が当たらない」「効率化の波に飲まれて自分の価値が見えない」 と嘆いているなら。


一度、その「効率」を捨ててみてください。 誰もやりたがらない電話に出る。誰も行かない時間に駆けつける。 その非効率な泥臭さこそが、AIにも誰にも奪われない、あなただけの最強の『信頼残高』になるかもしれません。


近道を探すのをやめ、目の前の一人に徹底的に向き合うこと。その愚直な継続こそが、いつか世界を驚かせる大逆転ゴールを生むのだと、菅野氏の背中が教えてくれました。



【Guest Profile】


ゲスト:菅野 壮紀(Kanno Takenori)株式会社APPLILAB 代表取締役。1982年生まれ。仙台の進学校・理数科を経て上京。大手保守会社で3年間の修行後、25歳で起業。当初の挫折を経て「現場主義」に転換し、現在はシンガポール・ベトナム・カンボジアなどアジア全域で飲食DXを展開。日本飲食団体連合会(食団連)の事務局として、業界全体の地位向上にも奔走する


【interviewer】


長野 憲次 元プロボクサー/株式会社アスリート式 代表取締役 「戦う経営者図鑑」編集長。リングという極限の場所で培った精神力をビジネスに転換し、現在は経営者へのインタビューやブランディング支援を行う。




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