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【編集長コラムVol.1】難病で身体の自由を失った私が、あえて『弱さ』を武器にした理由」

「順調だと思っていた経営2年目。ある日突然、首のコルセットとベットが生活の全てになりました。


はじめまして。 あるいはご無沙汰しています。

「戦う経営者図鑑」編集長の長野憲次です。


実は私、9月からの約3ヶ月間、表舞台から姿を消していました。


「消えていた」といっても、遊んでいたわけではありません。 正確には、**「動けなくなっていた」**のです。


人生で初めて、身体のコントロールを完全に失いました。


今日は、私が直面した病との戦い。 そして、なぜベッドの上で寝たきりになりながら、この『戦う経営者図鑑』というメディアを立ち上げようと決意したのか。


その「原点」となるお話をさせてください。



予兆、そして崩壊

異変は、9月頃に始まりました。


最初は単なる「寝違え」だと思っていました。 首に違和感がある。整骨院に行っても、マッサージを受けても良くならない。


当時は、大手企業との取引が始まったり、逆に金銭的なトラブルに巻き込まれたりと、良くも悪くも激動の時期でした。 「疲れだろう」「ストレスだろう」と高を括っていましたが、日に日に症状は悪化していきました。


パソコン画面に向かうと、勝手に頭が20度くらい傾く。 戻そうとしても戻らない。


決定的な瞬間は、ある朝のカフェで訪れました。


モーニングのコーヒーを飲もうとカップを持ち上げた瞬間、顔が動かず、カップに口を近づけることができないのです。 無理やり飲もうとして、バシャッとコーヒーをこぼしてしまいました。


周囲からの視線。 「あの人、何やってるの?」という空気。


店員さんが床を拭いてくれているのに、私は申し訳なさでいっぱいになりながらも、首が固まって下を向くことすらできない。 息も苦しくなり、逃げるように店を出て、タクシーで自宅へ帰りました。


ベッドに倒れ込むと、不思議と症状は消えるのです。 「なんだ、治ったか」と思って起き上がり、机に向かうと、また首が勝手に上を向く。


顎が上がり、歩こうとすると顔が地面の方へ引っ張られる。 まっすぐ立つことすらできない。


「これは、ただごとではない」 これまでにない恐怖を感じました。





「ジストニア」という診断


整形外科をたらい回しにされ、最終的に脳神経内科で告げられた病名は**「痙性斜頸(けいせいしゃけい)」**。 ジストニアの一種でした。


脳の神経伝達の誤作動により、筋肉が勝手に収縮してしまう病気です。 「自分とは無縁だと思っていた病気」でしたが、病名がついたことで、少しだけホッとした自分もいました。


しかし、本当の地獄はここからでした。


治療のために打ったボトックス注射の翌日、症状は劇的に悪化しました。 副作用か、過剰反応か、身体が全く動かなくなったのです。


ベッドから起き上がれない。 トイレに行くにも、壁を這い、床をあひるのように歩かなければ頭の位置が安定しない。


仕事は山積み。大きな案件も動いている。 それなのに、椅子に座ることすらできない。


「俺は一体、どうなってしまうんや」 焦りと絶望で、天井を見上げるだけの日々が続きました。





ベッドの上での「戦い」

それでも、私は経営者です。 顧客との約束を守らなければなりません。


私は、ベッドに寝転がったまま仕事を再開しました。


頭を枕で固定していれば症状が出ない。その一点だけを頼りに、仰向けでスマホを操作し、パソコンを打ちました。


オンラインの打ち合わせも、さすがに顧客には見せられませんが、身内のミーティングでは「ごめん、このスタイルでやらせてくれ」と、寝たきりの状態で参加しました。 まるでコントのような光景ですが、私にとっては必死の生存戦略でした。


発症から3週間後には、以前から決まっていた講演会がありました。 キャンセルするという選択肢はありませんでした。


「これはボクシング時代の古傷で…」と笑ってごまかしながら、勝手に動こうとする首を必死で食いしばって耐え、なんとかやりきりました。




絶望の中で見つけた「5%の光」

正直に言えば、何度も心が折れそうになりました。


「なんで俺だけこんな目に遭うんだ」 「もう元には戻らないんじゃないか」


後ろ向きな感情が95%を占める夜もありました。


でも、そんな極限状態の中で、私を救ってくれたのは**「仲間の存在」**でした。


あるビジネス仲間が、私の変な動きを見て、心配するどころか「おもろい動きやな!」と爆笑してくれたのです。


不謹慎だと思われるかもしれませんが、私にとってはそれが救いでした。 「腫れ物」として扱われるのではなく、笑い飛ばしてくれたことで、病気がただの「ネタ」に変わった気がしたのです。


そして気づきました。 どんなに絶望的な状況でも、「考え方」という選択肢だけは残されていると。


95%が絶望でも、残りの5%で「この経験は将来、誰かの役に立つかもしれない」「これを乗り越えたらネタになる」と考えることができれば、人は踏ん張れる。


メンタルが強いとか弱いとかではなく、「どう捉えるか」という選択肢を自分で選ぶこと。 それが、私が社名に掲げている「アスリート式」の本質なのだと、身をもって知らされました。


理論ではなく、自分の体で体験したからこそ、今は自信を持って言えます。 **「心と体、そしてビジネスは繋がっている」**と。




なぜ、あえて「弱さ」をさらけ出すのか

正直なところ、経営者が自身の病気を公表することには、大きなリスクがあります。


「長野に仕事を任せて大丈夫か?」 「また倒れるんじゃないか?」


既存のお取引先様、これから出会うお客様、そして金融機関の方々に、そういった不安を与えてしまう可能性は重々承知しています。 経営的なセオリーで言えば、隠すのが正解なのかもしれません。


それでも、私はここで全てをさらけ出すことを選びました。


理由はシンプルです。


この経験は私にとってマイナスではなく、経営者として一回り大きく成長するための「必要な試練」だったと確信しているからです。


思い通りにならない自身の体と向き合い、それでも前に進む方法を見つけ出した今の私なら、以前よりも深く、強く、皆様のビジネスに貢献できる。 そう信じているからこそ、あえてリスクを恐れずにこの話をさせていただきました。




「戦う経営者図鑑」の誕生

このメディアの構想も、私がベッドの上で天井を見上げながら生まれたものです。


世の中の経営者は、みんな輝いて見えます。 でも、その裏には必ず、人には言えない「戦い」があるはずです。


病気、借金、裏切り、孤独。 みんな何かを抱え、それでも歯を食いしばって、今日を戦っている。


「壁にぶち当たっても、立ち上がり続ける人の言葉には力がある」


私自身が弱さを知り、人の痛みを痛烈に感じたからこそ、そういう「戦う人たち」の物語を届けたいと強く思いました。 綺麗事の成功談ではなく、泥臭く、人間臭い、本当の強さの記録を。




「当たり前」への感謝を込めて

発症から3ヶ月。 現在はリハビリを続けながらですが、おかげさまで通常の経営業務には支障がないレベルまで回復しました。


工夫を凝らすことで、講演活動や商談も以前と同じ熱量でこなせるようになりましたし、何より「一度止まった」ことで、以前よりも頭の中はクリアになり、仕事への情熱は増しています。


この3ヶ月で学んだこと。 それは、ご飯が普通に食べられること、お風呂で頭を洗えること、人と目を見て話せること。そして仕事ができること。


そんな**「当たり前」が、どれほど奇跡的なことか**ということです。 この感謝を忘れないために、私は今、この文章を書いています。


これから『戦う経営者図鑑』では、様々な経営者や元アスリートたちの「戦いの記録」をお届けしていきます。


戦う経営者の言葉は、今、壁にぶち当たっている学生さん、ビジネスマン、そして同じ経営者の方々にとって、きっと「あと一歩を踏み出すためのエネルギー」になるはずです。


私もまだ、戦いの途中です。 でも、苦しい「戦い」ではなく、攻略法を見つける「ゲーム」のように、この状況を楽しんでやろうと思っています。


もし今、あなたが何かと戦っているなら。 あなたは一人じゃありません。 一緒に、楽しみながら戦っていきましょう。


これからこのnoteで、私だけでなく多くの「戦う経営者」の物語を公開していきます。

見逃さないように「フォロー」と「スキ」をしていただけると嬉しいです。




── プロフィール ──

長野 憲次(Nagano Kenji)

株式会社アスリート式 代表取締役 / 「戦う経営者図鑑」編集長


元プロボクサー。引退後、アスリートのセカンドキャリア支援と、その不屈のメンタリティをビジネスに活かす「アスリート式研修」を展開。

現在は、経営者の想いを可視化し、採用力を最大化する「採用ブランディング支援」に注力しています。


2025年9月、突如「ジストニア」を発症し、一時は身体の自由を失うも、ベッドの上から新プロジェクト『戦う経営者図鑑』を立ち上げ、復活。


自身の経験から、「心・体・ビジネスの繋がり」を誰よりも深く理解し、泥臭く戦い続ける経営者の伴走者として活動しています。




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