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挫折、試練、そして葛藤。400名超えの組織を導く「半歩先」の経営戦略

  • 8 時間前
  • 読了時間: 9分


アルサーガパートナーズ株式会社の代表、小俣泰明氏。国内発に特化したDXコンサルティングと開発を一気通貫で提供し、400名を超える組織を牽引する旗手だ。 しかし、現在の力強い姿からは想像もつかないほど、その過去は泥臭く、数々の苦難に満ちている。


親の敷いたレールへの反発、漫画家という夢に破れ心身が限界を迎えた20歳の記憶。起業後に直面した多くの予期せぬ試練をはじめ、ベンチャーの厳しい現実。 「大きく当てることはできていない。ただ、絶対に倒産しない戦い方がある」と語る彼がたどり着いた、決して綺麗事だけでは語れない真の生存戦略に迫る。



「遊びの延長だった」ポケットコンピューターが原点

【中村】 本日はよろしくお願いいたします。現在、400名を超える組織を経営されていますが、小俣さんの圧倒的な探求心やITへの造詣は、どのような幼少期から育まれたのでしょうか。


【小俣さん】 私は、「いい大学を出て、大手企業に就職するのがゴール」という価値観の中で、厳しく育てられました。


体が弱かった私に、母親は小学校から野球やバスケといった体育会系の部活を強く勧めましたが、それは本当に苦手でたまりませんでした。押し付けられたものは、自分の興味ではないから伸びないんです。そのため、家庭環境に反発心を持っていた時期もありました。


【中村】 なるほど。スポーツの世界にいた私からすると少し耳が痛いですが、非常にリアルな感覚です。では、何がITへの扉を開いたのでしょうか。


【小俣さん】 父親が買ってきた「ポケットコンピューター」がきっかけです。電卓のような画面でプログラミングが書けるものでしたが、父親は自分で遊ぶために買ったのにすぐ飽きて、「これやってみろ」と、ただポイッと渡してきたんです。


「勉強しなさい」と言われるのではなく、当時のファミコンやビックリマンシールと同じ「遊びの延長」として渡されたのが良かったのか、夢中になってその小さな画面の中でスロットゲームなどを作っていました。これが今の私のベースになっています。



才能の壁と、自律神経の不調に悩まされた20歳の挫折


【中村】 遊びの中で育まれた探求心が今に繋がっているのですね。しかし、そのままITの道へ一直線に進んだわけではなく、元々は漫画家を目指されていたとお聞きしました。


【小俣さん】 はい。小学校の頃から漫画が大好きで、将来は手塚治虫先生や宮崎駿先生の後釜に自分がなるのだと本気で信じていました。何ヶ月もかけて32ページの漫画を描き上げ、集英社や小学館に直接持ち込んだこともあります。


しかし、編集者の方々は一瞬パラパラと見ただけで「ここの線がはみ出している」と細かい指摘をするだけでした。当時は「一番良いクライマックスのシーンを飛ばし読みしたじゃないか」と悔しい思いをしていましたが、2年後に自分の漫画を見返してみたら、本当に面白くなかったんです。


【中村】 ご自身で、才能の限界に気づいてしまったと。


【小俣さん】 はい。でも「自分は漫画家になれるんだ」と信じたい気持ちと、実力不足という現実のギャップをどうしても認めることができませんでした。その結果、20歳の時に自律神経に不調をきたしてしまいました。毎朝起きると車酔いのようなひどいめまいがして、1日中体調が優れない状態が半年以上続いたのです。


【中村】 精神的なショックが、完全に身体症状として表れてしまったのですね。それは非常にお辛かったと思います。


【小俣さん】 起き上がって漫画を描こうとしても気分が悪くなる。自分の心身が「これ以上は限界だよ」とサインを出していたのだと思います。毎日「寝て起きれば明日には治るのではないか」と思いながら、ただ耐えるしかない日々でした。


最終的に半年から1年ほどかけて少しずつ自然に回復しましたが、その頃にはもう「漫画ではない人生を歩むしかない」と受け入れていました。人生で一番苦しい、失意の中での大きな挫折でしたね。



ものづくりへの想いを胸に、35歳で起業家の道へ

【中村】 漫画家という夢を手放したあと、どのように前を向き、ITの世界へ進まれたのでしょうか。


【小俣さん】 漫画家という夢は諦めましたが、「ものづくりを仕事にしたい」という気持ちは変わりませんでした。「ポケットコンピューター」で育んだ興味からプログラミングに挑戦し、専門学校を卒業後はIT業界へ進みました。卒業後は大手IT企業でシステムエンジニアやセキュリティコンサルタントとして経験を積むことになります。


その後、ベンチャー企業へ転職したことで、自分の仕事が会社の成長にダイレクトにつながる面白さを知ったんです。大手企業では、自分一人の成果が会社全体に与える影響を実感する機会は多くありません。


しかしベンチャー企業では、自分の挑戦や努力がそのまま事業の成長につながる。その環境に大きな魅力を感じました。 さまざまな企業で経験を積むなかで、「もっと大きな挑戦がしたい」「自分で事業をつくりたい」という思いが強くなり、35歳でITベンチャー企業を立ち上げました。



予期せぬ試練の連続。ベンチャー経営で学んだこと

【中村】 起業後は、順風満帆というわけではなかったそうですね。


【小俣さん】 そうですね。振り返ると、ベンチャー企業で起こり得るような試練は、一通り経験してきたと思います。 創業当初は、資本構成の変化によって経営の難しさを痛感したこともありましたし、人材採用では期待していた結果にならなかった経験もあります。


事業を成長させることだけに集中していては会社は守れないということを、身をもって学びました。 そうした経験を重ねるなかで、ガバナンスや採用プロセス、意思決定の仕組みなどを一つひとつ見直し、経営の土台を整えることを強く意識するようになりました。



確実な生存戦略。「半歩先」を行くピボット経営


【中村】 ご自身の限界を知る挫折や、予期せぬトラブルの数々。どうすればそのような逆境を乗り越え、今の強固な組織を作れるのでしょうか。


【小俣さん】 私は過去を含めて、事業を一発で大きく当てたことはありません。ただ、守りが得意で、絶対に倒産させない自信はあります。その究極の勝ち方が『ピボット(事業転換)』と『半歩先を行く』という戦い方です。


アルサーガパートナーズも、最初はスマホゲームの会社として創業しましたが、市場の衰退をいち早く察知して受託開発やDXコンサル事業へと切り替えました。


【中村】 『半歩先を行く』とは、具体的にどのようなことですか。


【小俣さん】 最高の1位を狙う必要はないんです。 例えば、ハサミを売る会社が3社あったとします。機能や価格が全く同じでも、「1分早く届く」あるいは「1円安い」といった他社との『半歩の違い』があるだけで、需要はその会社に一極集中します。ベンチャー業界では、このほんのわずかな優位性を常に見極め、いち早く動けるかどうかが勝敗を分けるのです。



100億円はスタートライン。日本のデジタル赤字を食い止める

【中村】 大きなリスクを負うファーストペンギンではなく、状況を見極めて確実に獲物を仕留める戦略ですね。現在400名の組織となりましたが、今後の目標を教えてください。


【小俣さん】 私が目指すビジョンからすると、まだ0から1にもなっていないという印象ですね。IT・DX業界を見渡せば、アルサーガパートナーズのはるか上を行く時価総額がついている多くの企業が存在しています。


私たちが戦っているのはまさにその市場であり、100億円以下はまだ始まってもいない状態です。最終的に目指すのは、日本の「デジタル赤字」を食い止め、日本に住む人々がもっと豊かに生活できる状況をつくること。その実現に向けて挑戦を続けています。


【中村】 デジタル赤字、ですか。


【小俣さん】 海外のITサービスへの支払いが超過し、2025年時点で約6.7兆円ものお金が日本から流出しています。海外サービスの利用料だけでなく、外資系コンサルティングファームに国や大企業が多額の報酬を支払い、その半分が海外へ流れる構造もあります。


皮肉なことに、そこで実際に優秀な仕事をしているのは日本人のコンサルタントなのです。だからこそ、アルサーガパートナーズでは約100名のコンサルタントのうち、7割を外資系コンサルファーム出身者で固めました。優秀な日本人が、日本のために力を発揮できる場を作ったのです。


【中村】 なるほど。海外への依存を減らすために、技術面でも独自の取り組みをされているそうですね。


【小俣さん】 はい。私自身も研究者として日夜取り組んでいるのが、Mac Studioを活用したローカル生成AIでの開発です。もしChatGPTなどが「明日から月額10万円にします」と言ってきた時、自国で生成AIを作る技術がなければ、ただ受け入れて負担するしかありません。


自前で作れる知識があって初めて「それなら買わない」と対抗できる。だからこそ、国内のデジタルリテラシーを上げることが必須なのです。


【中村】 最後に、日々プレッシャーと戦いながら起業を目指すビジネスパーソンへ、メッセージをお願いします。


【小俣さん】 トップは常にすべての責任を負う準備が必要です。私は毎日一番最後まで会社にいますが、それは「何かトラブルがあっても、いつでも私がここにいて責任を取る」という姿勢を見せるためです。


そして、「お金を稼ぎたい」、「起業をしたい」のであれば、自分のやりたいことよりも、社会やお客様の需要に合わせたものを作る「マーケットイン」を徹底することです。



編集後記

時価総額100億円を「スタートラインにすら立っていない」と語る小俣氏。そのスケールの大きさの裏には、己の限界に直面し、めまいに苦しんだ20歳の深い挫折があった。 小俣氏から学んだのは、ビジネスは決して「美しい夢の実現」だけではないということだ。


様々なリスクを警戒し、市場の潮流を読み、競合より「半歩だけ先」を確実に取る。その研ぎ澄まされた生存戦略こそが、400名以上の社員を守り、ひいては「日本のデジタル赤字を救う」という壮大な志を支える土台となっている。


今、目の前の壁に苦しむ経営者たちへ。一発逆転を狙う必要はない。生き残るために柔軟に方針を転換し、昨日よりも「半歩先」へ進むこと。その積み重ねが、やがて誰も見たことのない景色へとあなたを導くはずだ。



プロフィール

【ゲスト】小俣 泰明(おまた たいめい) アルサーガパートナーズ株式会社 代表取締役社長CEO兼CTO。国内のITリテラシー向上とデジタル赤字の解消を志し、DXコンサルティングから開発までを一気通貫で提供する組織を率いる。400名超えの規模まで急成長させた手腕の裏には、数々の修羅場を乗り越えた確かなピボット戦略がある。


【インタビュアー】中村 航司(なかむら こうじ) 一般社団法人日本スポーツコミュニティ協会(縁TRANCE) 代表理事。元フィールドホッケー選手(ドイツ・ブンデスリーガ所属/元U18日本代表)。引退後は、スポーツで培った「挑戦するマインド」をビジネスに活かすべく活動中。

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