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天才エンジニアが辿り着いたAI時代の「泥臭い」組織論

  • 5月28日
  • 読了時間: 10分


テクノロジーの進化が、かつてない速度でビジネスの前提を覆している。設立から18年、強固な受託開発の実績を積み上げてきた株式会社トッカシステムズは今、自らのビジネスモデルを根底から解体し、AI駆動伴走型事業への劇的なシフトを進めている。  


その陣頭指揮を執る谷樹社長は、かつて他者の10倍の速度でコードを書き上げる凄腕のエンジニアだった。AIという圧倒的な知能を前に、己のアイデンティティすらも破壊し、新たな組織のあり方を模索する谷社長。


哲学者の父を持つという異端のバックグラウンドから導き出された、AI時代の『人間の真価』とは何か。元フィールドホッケー選手の中村航司が、変革期の最前線で戦う経営者の深層心理に迫る。  



受託開発の成功体験を捨て、AIネイティブ組織へ

【中村】 本日は貴重なお時間をいただきありがとうございます。谷社長の先進的なお取り組みにインスパイアを受けまして、本日は私もAI時代に適合すべく、珍しく眼鏡をかけてまいりました。本日はどうぞよろしくお願いいたします。  


【谷さん】 こちらこそよろしくお願いいたします。素晴らしい気合いの入り方ですね。  


【中村】 早速ですが、トッカシステムズ様のこれまでの歩みと、現在取り組まれている大きな事業転換についてお聞かせいただけますでしょうか。  


【谷さん】 弊社は2008年に設立し、現在46名ほどの体制で事業を展開しております。これまではいわゆるWebやアプリの受託開発を中心に、着実に成長を続けてまいりました。


例えば、大手コンビニエンスストア3社のうちの1社における、2000万ユーザ規模の決済に関わる電子マネーの仕組みや、1万店舗規模の施設への情報配信システムなど、社会のインフラとなるような非常にクリティカルなシステムの構築を数多く手掛けてきました。  


【中村】 誰もが日常的に利用する、極めて重要で巨大なシステムを裏側で支えてこられたのですね。  


【谷さん】 はい。しかし、私たちが主戦場としてきたシステム開発の世界は、AIの台頭によって劇的な変化の真っ只中にあります。特に昨年夏ころ(2025年8月ころ)から、ClaudeやChatGPTなどが次々とアップデートされ、数年かかるような進化が毎月のように起こる状況を目の当たりにしました。


そこで弊社では、昨年末から一気に組織をほぐし、すべての業務やプロジェクトをAIネイティブな環境へと切り替えるという、非常に大きな決断を下したのです。  


【中村】 既存の成功モデルがある中で、そこまでの急激なシフトチェンジを決断されるのは並大抵のことではありません。その先見性と決断力の裏には、どのような背景があったのでしょうか。  


【谷さん】 一つのきっかけは、2025年2月に開催された「DeNA AI Day」で、南場さんが「AIオールイン」として発言をされたことです。それを聞き、我々もそろそろ本格的に動かなければ手遅れになると強烈な危機感を抱きました。


そして何より、私たちが派遣常駐型ではなく、9割以上を持ち帰りの受託開発で行ってきたことが大きいです。裁量で開発手法をコントロールできる環境があったからこそ、ダイナミックな方針転換に踏み切ることができました。  



圧倒的な自負を打ち砕かれた日。エンジニアとしての葛藤

【中村】 組織の舵を大きく切る上で、谷社長ご自身の技術者としての原体験も大きく影響しているように感じます。  


【谷さん】 私は元々技術に触れるのが好きで、中学生の頃からプログラムを書いていました。当時のパソコンにはまだ十分な開発ツールもなく、秋葉原で本を買ってきては、読み漁りながら見よう見まねで動かしていたんです。


大抵のプログラミング言語は扱えましたし、正直なところ、他のエンジニアの10倍の速度でシステムを作れるという自負もありました。 

 

【中村】 10倍ですか。まさに天才的なプログラマーですね。ご自身の圧倒的な武器を持っていた谷社長にとって、AIの登場はどのように映ったのでしょうか。  


【谷さん】 最初の頃は「なんだ、全然駄目じゃないか」と思う部分もありました。しかし昨年の途中から、並行作業をこなし、24時間文句も言わずに稼働し続けるAIを実際に触り込んでいくうちに、『これはどうやっても勝てないな』と悟ったのです。


ある意味で自分が最も得意としていた領域だったからこそ、非常に複雑な気持ちになりました。しかし、自ら深く実感したからこそ、このままのビジネスモデルであるはずがないと、誰よりも早く確信できたのだと思います。  


【中村】 ご自身の最強のアイデンティティを、自らの手で破壊し、受け入れる。これはプロアスリートが引退を受け入れ、新しいキャリアに進む際の葛藤にも似た、凄まじい心理的ハードルだと感じます。  


【谷さん】 過去の自分を否定するような感覚は確かにありました。しかし、技術を使って世の中やお客様に貢献していくという根本的な思いは、子供の頃からずっと変わっていません。野球部に所属していた学生時代も、チームのためにホームページを作って貢献することが喜びでした。


世の中が激変していく中で、お客様も変化に対応していかなければならない。その支援をするためには、まず私たちが最前線で変わらなければならないのです。  



巨大企業に風穴を開ける。新入社員時代のドラスティックな挑戦

【中村】 その『世の中の大きな変化に飛び込んでいく』というスタンスは、社会に出られた当初からお持ちだったのでしょうか。  


【谷さん】 大学では経営学を学び、ビジネスと技術を掛け合わせたいと考え、新卒で日立製作所に入社しました。そこで配属されたのは、大手不動産ディベロッパーなどを回るルート営業でした。しかし、私はどうしても新しいことがやりたかったのです。当時急激に伸びていたのは、モバゲーなどのモバイルゲーム業界でした。  


【中村】 重厚長大なインフラ企業から、全く毛色の違う新興のモバイルゲーム業界へアプローチするのは、社内でも相当な反発があったのではないですか。  


【谷さん】 日立の中では誰もやっていない領域でしたからね。ただ、当時の上司の繋がりからDeNAさんをご紹介いただく機会を得ました。そこで単にサーバーという『物』を売るのではなく、モバゲータウンで使うためのインフラ基盤をどう構築すれば最も効率が良いかを徹底的に考え、専用のサーバーを実際に作って提案するという動きをしたのです。


メインフレームの巨大なコンピュータから、インターネットの大量アクセスを分散して捌く時代への移行期。このドラスティックな変化の最前線を20代で経験できたことは、今の経営判断において非常に大きな財産になっています。  



組織の壁と人間の感情。変革の最大のボトルネックとは

【中村】 現在、トッカシステムズ様でも営業、提案、開発、保守までを一体化した新たなデジタルソリューション事業部を立ち上げられました。AI導入において、企業が直面する最大の壁は何だとお考えですか。  


【谷さん】 AIを導入する上で最大のボトルネックになるのは、ツールそのものではなく「既存の組織の壁」と「人間の感情」です。これまでのシステム業界は、1人月いくらという作業ペースで単価が決まる世界でした。


AIが入ってくると、この前提が完全に崩れます。経営トップはAI導入による生産性向上を歓迎しますが、中間管理職のマネージャーたちは『既存のやり方を変えて、誰がその責任を取るのか』と抵抗を感じます。  


【中村】 現場のエンジニアの方々も、自分たちの存在意義が揺らぐ恐怖があるのではないでしょうか。  


【谷さん】 おっしゃる通りです。一生懸命勉強してプログラミング技術を身につけ、これで人生安泰だと言われて育ってきたのに、急に『AIがコードを書くからやり方を変えろ』と言われたら、モチベーションが下がるのは当然です。私自身が技術者として現場に出続けているからこそ、経営者のトップダウンだけで人が動かないことは痛いほど理解しています。  


【中村】 その強烈な心理的抵抗を、谷社長はどのようにマネジメントされているのでしょうか。  


【谷さん】 いきなりすべてを押し付けるのではなく、まずは簡単なことからツールを実際に体験して使ってみるといったように、現実的なステップを踏むことが重要です。さらに、双方向で話し合う対話型の座談会などの機会を設けることで、エンジニアに対して『コードを書くこと』から『ユーザー目線でより良いものを実現すること』へと、モチベーションの置き所を変えてもらうための対話を繰り返します。


会社としても、いきなり成果を求めるのではなく、『今はチャレンジの期間だから失敗しても責めない』という責任モデルの移行を明確に提示する。上からの圧力をかけるだけでなく、現場の感情に寄り添い、マイルドに調整していく泥臭いプロセスが必要不可欠なのです。


  

哲学者の父から受け継ぐ視座。AI時代の資本主義と人間の価値

【中村】 徹底した合理性と、人間の感情に対する深い洞察のバランスが素晴らしいです。谷社長のその独自の経営哲学は、どのような環境で育まれたのでしょうか。  


【谷さん】 実は、私の家族は少し変わっていまして。父親は哲学者で、母親はアラスカに17年住んでいた翻訳家、さらに祖母は著名な賞も受賞した作家で、妹は音楽家なのです。


ビジネスの世界にいるのは私だけで、家庭内では『本質とは何か』『存在とは何か』といった議論が日常的に交わされていました。父親は平日から家でコーヒーを飲みながら『こうやって考えるのが仕事だ』と言っていましたからね。  


【中村】 それは驚きです。まさに特異な環境ですね。哲学的な思考のベースがあるからこそ、目先の売上だけでなく、もっと大きな社会のうねりを捉えられているのだと腑に落ちました。  


【谷さん】 AIが進化し、一人で何でもできるようになった時、これまでの資本主義や『会社』という枠組み自体が成り立つのか、という根本的な問いが生まれます。お金の価値も変わっていくでしょう。その激動の時代において最後に残るのは、やはり『人と人との信頼関係』や『コミュニティ』だと私は考えています。


だからこそ、今ただガンガン売上を上げることに固執するのではなく、世の中が変化していく先を見据え、社会に価値を提供し続けられる存在でありたい。人間が人間らしく、個々の強みに特化して生きられる社会の仕組みを作っていく。それが、私たちが目指すこれからのビジネスのあり方です。  


【中村】 圧倒的なテクノロジーの進化の先に見据えているのが、極めて温かい『人間の繋がり』であることに深く感銘を受けました。本日は素晴らしいお話を誠にありがとうございました。  



編集後記

『自分が得意だった領域だからこそ、複雑な気持ちだった』。インタビュー中、谷社長が自身のプログラミングスキルとAIの能力を比較した際の言葉が、重く響いた。スポーツの世界でも、ビジネスの世界でも、自らが血の滲むような努力で築き上げたアイデンティティを自らの手で手放すことほど、恐ろしく、そして勇気のいる決断はない。  


トッカシステムズが推し進めるAI駆動型の組織変革は、単なるツールの導入ではない。それは、現場のエンジニアたちが抱える恐怖や葛藤、中間管理職の責任への不安といった『人間の泥臭い感情』と正面から向き合い、解きほぐしていく途方もない労力を伴うプロセスである。天才的なエンジニアとしての圧倒的な知性を持ちながらも、哲学者の父から受け継いだ『本質を見極める視座』で人間に寄り添う谷社長の姿に、真のリーダーシップの形を見た。 

 

AIという未知の荒波の中で、過去の成功体験にしがみつくか、それとも己を破壊して新たな価値を創造するか。プレッシャーの中で孤独に戦う経営者たちよ。システムを変える前に、まずは己の思考の枠組みを壊すことから始めてみてはどうだろうか。  



プロフィール

ゲスト:谷 樹(たに・たつき) 株式会社トッカシステムズ 代表取締役社長。幼少期からプログラミングに没頭し、大学卒業後は日立製作所へ入社。新規事業開拓の最前線でモバイルゲーム業界のインフラ構築などに携わる。2008年に設立されたトッカシステムズへ合流し、数々の大規模システムの受託開発を牽引。現在は自社の組織と業務をすべてAIネイティブ環境へと刷新し、社会と企業の変革を支援するAI駆動伴走型事業を力強く推進している。  


インタビュアー:中村 航司(なかむら・こうじ) 一般社団法人日本スポーツコミュニティ協会(縁TRANCE)代表理事。元フィールドホッケー選手(ドイツ・ブンデスリーガ所属/元U18日本代表)。引退後は、スポーツで培った『挑戦するマインド』をビジネスに活かすべく活動中。戦う経営者図鑑公式インタビュアーとして、経営者のリアルな声を引き出している。  

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