創業6年で年商78億円の急成長。『もう逃げない』挫折からの再起。仲間と社会インフラを創り上げる「Care Earth」
- 5月27日
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更新日:5月29日

月間2万人の外国人材が稼働するプラットフォーム、Care Earth株式会社。しかし、代表・中村佳史の歩みは、決して順風満帆なものではなかった。会社員時代には、外資系ならではの『実力がなければリストラをされる』という厳しい現実を目の当たりにする。
そして起業初期には、過労で入院し、ベッドの上でもパソコンを開き続けなければならなかった。そんな数々の挫折の中で彼がたどり着いたのは、『関わる全ての人を絶対に裏切らない』という確固たる信念だった。その原体験が、いかにして外国人のインフラを支える企業「Care Earth」へと結実したのか。元プロボクサー・長野憲次が迫る。
なぜ『もう逃げない』と誓ったのか。すべての原動力となった過去の後悔。
【長野】
中村社長、本日はお時間をいただきありがとうございます。現在32歳という若さで、これだけの規模の会社を牽引されていることに非常に驚いています。今日は成功の裏側にある、葛藤や苦悩についても深くお伺いできればと思います。まずは、中村社長の原点となる学生時代のお話からお聞かせいただけますか。
【中村さん】
こちらこそ、よろしくお願いいたします。学生時代は柔道とサッカーをやっていました。柔道は14歳で辞めたのですが、実は自分でもセンスがある方だと感じていたんです。ただ、高校進学のタイミングでどちらを選ぶかと考えたとき、サッカーの方がどうしてもキラキラして見えて楽しくて。結局、華やかに見えたサッカーを選びました。
【長野】
柔道とサッカーの両立は珍しいですね。サッカーを選んだ後、何か壁にぶつかるような経験はありましたか。
【中村さん】
はい、大きな壁がありました。中学までは運動神経だけでなんとか通用していたのですが、高校に入ると上には上がいるという現実を突きつけられました。最終的にキャプテンを務めさせてもらったのですが、最後の選手権ではレギュラーになれなかったんです。
【長野】
キャプテンという責任を背負いながら、試合に出られない。それは元アスリートとして痛いほど気持ちがわかります。その経験が、今の経営にどう繋がっているんですか?
【中村さん】
あの経験は今でも戒めとして自分の中に強く残っています。実力不足だったのはもちろんですが、心のどこかで『逃げていた』自分がいた。みんなが泥臭く頑張っている中で、自分はそこまでやり切れていなかった、目を背けていた。
そのときの中途半端な気持ちや、自分自身への不甲斐なさが、今の私の、そしてCare Earthの『関わる全ての人を絶対に裏切らない』という覚悟の原点になっています。
仲間を背負っての起業。しかし、待っていたのは「売上ゼロ」の現実
【長野】
過去の挫折を他人のせいにせず、自分自身の甘さとして受け止めているからこそ、今の強さがあるのですね。大学卒業後は、どのような道へ進まれたのでしょうか。
【中村さん】
実家が薬局を経営していたこともあり、将来は親を超える経営者になりたいという漠然とした思いがありました。まずは社会勉強のために外資系の製薬会社に入社しました。しかし、そこで外資系ならではの実力主義の厳しさを目の当たりにしたんです。
ある日突然、緊急の全社集会が開かれ、300人規模の早期リストラが発表されました。昨日まで普通に働いていた人が一瞬でいなくなる。敷かれたレール通りになんとなく大企業で働いてることがすごいとされている世の中に対して、自分で1円を稼ぐ「真の実力」をつけなければ資本主義の世の中で取り残されると肌身をもって痛感しました。
【長野】
それは強烈な原体験ですね。そこからご自身でビジネスを始められたと。
【中村さん】
はい。最初は副業として人材紹介の事業を始め、24歳の頃に会社を設立しました。設立当初はまだ製薬会社を続けており、そこで稼いだ給料を仲間の給料にあてていました。最初は先が見えない真っ暗なトンネルをがむしゃらに走り続けているような感覚でした。
人材紹介はフロー型のビジネスモデルなので、今月売り上げがあっても来月はゼロかもしれない。明日生活するためにどうやって稼ぐかのプレッシャーと過労で体を壊し、2週間ほど入院してしまったんです。体重も10㎏ほど落ちて、『人間ってこうやって心身ともにすり減っていき死んでいくんか』と本気で実感しました。
それ以上に、会社を辞めてまで付いてきてくれた仲間達に申し訳なくて、本当に情けなかったです。
【長野】
それは壮絶ですね。普通ならそこで心が折れて、一度ビジネスから離れようと考えてもおかしくない状況だと思います。なぜ、そこで立ち止まらなかったのでしょうか。
【中村さん】
自分を信じて会社を辞めてまで付いてきてくれた、2人の仲間がいたんです。彼らの人生を背負っている以上、ここで自分が諦めたり弱い部分をみせたら、人として終わりやな、と。学生時代の『逃げた』記憶もずっと残っており、『もう絶対逃げない、向き合って正解にもっていく』と、自分を奮い立たせました。
なぜ、人材支援企業が「不動産事業」や「食品事業」まで?外国人を支える「Care Earth経済圏」の全貌
【長野】
仲間への責任感と、過去の自分へのリベンジ。その執念が中村社長を突き動かしていたのですね。そこからどのようにして、現在の大きな事業規模へと成長させていったのでしょうか。
【中村さん】
人材紹介の不安定さを痛感していたので、安定して収益が積み上がる「ストック型のビジネス」である人材派遣事業を絶対にやらなければならないと設立当初から考えていました。ただ、それには資本金2000万円が必要だったのでその資金を作るために2年間必死で人材紹介をやり抜き、2021年に人材派遣事業をスタートさせました。
【長野】
そこから、現在の基盤事業とされている「外国人人材派遣」へと繋がっていくのですね。
【中村さん】
はい。そこから無我夢中で走り続け、現在は月に約2万人が稼働している状態になっています。
【長野】
月間2万人ですか。それはもはや一つの街の規模ですね。
【中村さん】
これだけの人数が集まると、彼らが日本で生活する上での様々な課題が見えてきます。住む家が必要だけど審査が通らない、母国の食材を食べたい、携帯電話の契約が必要。それらのニーズや社会課題を踏まえ、人材派遣を軸に、不動産や通信、食品など、彼らの生活インフラを包括的にサポートする事業を次々と展開していきました。
私たちはこれを「Care Earth経済圏」と呼んでいます。日本に住む外国人の方々が、私たちのサービスさえあれば安心して生活できる。そんなインフラを創り上げ、日本の成長を加速させることが、現在の私たちの使命です。
「GO BEYOND" "」あらゆる壁を越え次世代へ繋ぐ使命

【長野】
単なる人材ビジネスを超えて、社会のインフラが構築されているのですね。会社がそこまで急成長する中で、組織をまとめるために大切にされていることはありますか。
【中村さん】
大切にしていることはたくさんありますが、現在では従業員が300名以上在籍しています。組織が大きくなるということは、社員数も増えるということ、様々な価値観や考え方、年齢、性別、国籍の人々が集まり、学生の頃の部活動のように全員で汗をかいて未来を切り開き成長させていかなければいけない。
その中で、会社が何をしたいのか、どこを目指してるのか、何を大事にしてるのか、このあたりの言語化、つまり我々でいうMission・Vision・Value(MVV)を明確にしておくことが非常に重要であると感じています。これらを設定しておくことで従業員一人ひとりが迷った時、立ち止まった時、しんどい時に立ち返り、進むべき方向を軌道修正させることができると考えています。
私たちのVisionは『日本に集まる世界中の人々の豊かなライフスタイルを創造する』です。言わば、日本に居る外国人が安心して人生を過ごせるよう、我々が包括的にサポートを行い、社会を支えていくということです。このような世界観をこの10年で創り上げていきます。そして、そのVisionを実現するための、私たちのMissionが「GO BEYOND" "」です。
この" "の空白には、実は「FREEDOM(自由)」という意味が込められています。大前提として、会社全体が「期待」や「固定観念」といったあらゆる壁を超えていく(GO BEYOND)という揺るぎない覚悟があります。その上で、『何を越えるのか』は、従業員一人ひとりが自由に設定してほしいんです。GO BEYOND "昨日の自分" でも、GO BEYOND "固定概念" でもいい。
かつて僕自身が『どうせ無理だ』という周りの固定観念や、自分自身の限界から『逃げた』過去がある。だからこそ、社員には、あらゆる前提を乗り越え、その先にある新しい可能性を自らの手で切り拓いていってほしい。
その一人ひとりの挑戦の集積が、結果として、私たちが目指すVision『日本に集まる世界中の人々の豊かなライフスタイルを創造する』の実現に繋がると、固く信じています。
【長野】
まさに、中村社長ご自身の人生そのものを表すような力強いMission・Visionですね。最後に、この記事を読んでいる次世代の若者や、挑戦を迷っている方々へメッセージをお願いできますでしょうか。
【中村さん】
街を歩いていても、下を向いてスマートフォンばかり見ている若者が多いように感じます。もっと前を向き、目を輝かせ、何かに夢中になってのめり込めるような状態を、そんな若者が溢れかえっている明るい日本を創っていきたい、支えていきたいと本気で思っています。
挑戦することに迷っているなら、まずは一歩踏み出してみてほしい。失敗なんてかすり傷。むしろ人間は失敗しないと学ばないし成長しない。「固定観念」や「どうせ無理だ」という周りの声に負けないこと、成功するまでやり続けること、正解に自分の力でもっていくことさえやれば、仕事が楽しくなり人生も豊かになると思っています。
失敗を恐れずに挑戦してほしい。そして、もし一人でその壁を越えるのが怖いなら、ぜひCare Earthの扉を叩いてください。ここには、共に新しい可能性を切り拓こうとする、志の高い仲間がたくさんいます。
【長野】
ご自身の壮絶な経験があるからこそ、一つひとつの言葉に圧倒的な説得力がありました。本日は貴重なお話を本当にありがとうございました。
編集後記
プロボクサーとしてリングに立っていた頃、コーナーに追い詰められ、逃げ場のないプレッシャーの中でしか生まれない力があることを私は身をもって学んだ。中村社長が過労で入院し、病床でも仕事に向き合い続けたエピソードには、まさにその極限状態での『静かで熱い闘志』が宿っていた。
中村社長の凄みは、若くして手にした成功に胡座をかくことなく、過去の自分自身の弱さや葛藤と常に正面から向き合い続けている点にある。かつてピッチ上で感じた『逃げた』という後悔を、彼はビジネスという新たなフィールドで、2万人規模のインフラ構築という形で完璧に昇華させたのだ。
中村社長の一つひとつの言葉は、安全圏から放たれた軽薄な励ましではない。泥水の中から自らの力で這い上がってきた者だけが持つ、本物の覚悟の表れだ。不確実な時代の中で、一歩を踏み出すことを躊躇しているすべてのビジネスパーソンに、彼の飾らないリアルな生存戦略が届くことを願う。
プロフィール
【ゲスト:中村佳史】
Care Earth株式会社 代表取締役。32歳。実家の薬局経営を間近で見て育ち、外資系製薬会社での勤務を経て24歳で起業。人材紹介事業での苦悩を乗り越え、外国人材を中心とした人材派遣事業で飛躍。現在では月間約2万人が稼働するプラットフォームを築き上げ、外国人労働者の生活インフラを包括的に支援する「Care Earth経済圏」の構築と波及を推進している。
【インタビュアー:長野憲次】
株式会社アスリート式 代表取締役。20歳から24歳までプロボクサーとしてリングに立ち、過酷な勝負の世界を経験。引退後はビジネスの世界へ転身し、アスリートのセカンドキャリア支援やSNSブランディング事業を展開。スポーツ心理学を応用した「アスリート式メンタルトレーニング」を提唱する。メディア「戦う経営者図鑑」を運営し、独自の視点で経営者の本質に迫る。



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