10代の頃からの異常な危機管理能力。異端のロジックでレッドオーシャンを制する経営者の生存戦略
- 7月7日
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株式会社Ultimate Life代表取締役、田中悠貴氏。
スポーツニュートリションブランド『GronG(グロング)』を展開し、プロテインという超激戦区において圧倒的な成長を遂げている実力派経営者だ。画面越しに現れた彼は、筋トレ直後で息を切らす豪快なスポーツマンそのものだった。
しかし、その言葉の端々から見えてきたのは、十代の頃から繰り返してきた「最悪の事態をシミュレーションする」という特異なメンタルトレーニングと、月700万の隙間時間ビジネスを経て確立された、極めて緻密でロジカルな経営哲学だった。直感的な情熱と冷静な論理を併せ持ち、苦難すらも「ゲーム」のように軽やかに乗り越える彼の、飾らない生存戦略に迫る。
元トレーナー同士の共鳴
長野: 田中さん、本日はよろしくお願いいたします。画面越しでも息が上がっているのが伝わってきますが、どうされたんですか?
田中さん: 先程まで筋トレしていまして、すみません。昔はトレーナーとして活動していたのですが、しばらく離れてしまっていた時期がありまして。40歳を前にもう一度肉体を取り戻す必要があると思い、最近また再開したところなんです。
長野: 私もパーソナルトレーナーをしていたので、そのお気持ち痛いほど共感します。本日は、そんな田中さんの飾らないストーリーをお伺いし、日々戦っている経営者やビジネスパーソンに勇気を与えられるような記事にできればと考えています。
経営をしていく中で、田中さんはどのような逆境を乗り越えてこられたのでしょうか。
田中さん: それが、私は物心ついた頃から比較的ずっとポジティブな人間でして、これまでの自分の人生もすごく充実していると感じているんです。
経営をしていると『面倒くさいな』と思うことや、嫌な感情を抱くことも当然起こります。しかし、大体が『たかが知れている』と思えるので、嫌な気分になってもすぐに復活できるんです。大体寝たら忘れてしまいますね。
大人のゲームを勝ち抜くための「最悪シミュレーション」
長野: すぐに切り替えができるのは素晴らしいですね。それは学生時代に野球のピッチャーをされていた頃から培われたメンタリティなのでしょうか。
田中さん: それもあるかもしれませんが、実は十代後半から二十五歳ぐらいまでの間、自分の中に特殊な習慣がありました。それは、自分に起こり得る『最悪な事態』をリアルにイメージし続けるというものです。
長野: 最悪の事態を、あえて想像するのですか。なぜそのような習慣を始められたのでしょうか。
田中さん: 十代の時に、『大人になったら、子どもの頃とは楽しげにやるためのゲームが変わる』と何となく気付いたんです。まずは幸せに生きる確率を上げるために、お金を稼ごうと思いました。でも、お金を稼ぐ過程で絶対に大変なことが起こるから、『ものすごく嫌なことを想像して、それを乗り越える訓練をしておこう』と考えたんです。
長野: なるほど、大人の世界をサバイブするためのメンタルトレーニングだったのですね。
田中さん: はい。例えば『人類が滅亡したらどうやって生き残ろうか』といった極端なことまで考えていました。そうやって最悪の事態を想定して乗り越えるシミュレーションをしてきたので、日々の生活や経営で起こるトラブルは、想定よりも大体が楽なことが多いんです。だからすぐに平常心に戻れるのだと思います。
長野: 野球部時代から、そういった一人で黙々と考えるタイプだったのですか。
田中さん: いえ、小中高とずっとエースピッチャーだったのですが、キャラクターとしては『ガヤ枠』でした。チームを牽引するキャプテンのような精神的支柱ではなく、目立つのが好きなタイプです。
リーダーとして引っ張るというよりは、私が面白いと思う『箱(環境やイベント)』を作って、そこに共感して集まってくれた人たちと一緒に盛り上がるのが昔から好きでしたね。
月700万の隙間時間ビジネスと、362日働いた起業のリアル
長野: そこからトレーナーの道へ進み、どのように起業へと至ったのでしょうか。
田中さん: 野球で肘や腰を痛めた経験から、十七歳の時にトレーナーや接骨院の道を志しました。現場でアメリカンフットボールのトレーナーをしたり、大阪体育大学の近くの接骨院で一日に70〜90人もの患者さんを診たりしていました。
しかし23歳の頃、空き時間を利用してAmazonで自宅の本を売ってみたんです。すると一瞬で売れてしまい、そこからゲームなどの販売を始めました。近所のゲーム屋やブックオフの店長に交渉して仕入れルートを開拓し、接骨院の昼休みや夜の隙間時間だけで、多い時には月に700万円ほど売り上げていました。
長野: 隙間時間だけでそこまでの売上を作るのは、すさまじい行動力ですね。
田中さん: 接骨院の仕事は自分の中でノウハウが確立できていたのでいつでも戻れると思い、より面白くなりそうな物販の世界に完全にシフトチェンジし、二十六歳の時に二人の弟と一緒に法人化しました。
長野: 起業当初は、資金繰りなどで苦労されることも多かったのではないでしょうか。
田中さん: 一期目は思考が損益計算書にばかり向いていて、理論上は利益が出ているのに『現金がない』という状況に陥りました。そこで、いかに手元の資金を早く回収するかというキャッシュコンバージョンサイクルを強く意識し、投資利益率と在庫回転率の高さに振り切った経営を行いました。
当時は365日のうち362日くらい働いていましたが、やればやるほど分かりやすく売上や利益が伸びていく実感が得られたので、とにかく楽しかったですね。その実績をもとに三期目で融資を受け、一気に売上が10億円を超えました。
売上停滞の苦悩から、激戦区「プロテイン」での大逆転

長野: そこまでのスピード感で成長を遂げられた後、波や停滞期はあったのでしょうか。
田中さん: 四期目から六期目にかけて、売上が少ししか伸びない停滞期がありました。四期目が約15.5億円、五期目が15.8億円、六期目が16億円と、数千万円しか伸びなかったんです。その時は本当に会社経営をしていて面白くありませんでした。ビジネスモデルや市場に投下する商材の選定が良くなかったと自己分析しています。
長野: その停滞をどのように打破し、現在の飛躍的な成長へと繋げたのでしょうか。
田中さん: 激戦区になりつつあったプロテインやアミノ酸の市場にあえて参入しました。自分自身がトレーニングをする中で、毎日継続して飲める味を担保しつつ、タンパク質一グラムあたりのコストパフォーマンスが最も高くなるような商品を作りたいと考えたからです。
そこにラインナップを一気に追加し、コロナ禍での需要の追い風も重なって、七期目で23.5億円、八期目で40.8億円へと大きくジャンプアップしました。
長野: レッドオーシャンと呼ばれる市場でも勝ち続けられる、最大の強みはどこにあるのでしょうか。
田中さん: 一番の強みは、原材料の貿易調達や、処方開発、さらには自社倉庫での保管と発送まで、サプライチェーンの多くをアウトソーシングせずに『内製化』していることです。
これによって圧倒的な原価競争力が生まれ、需要のあるところに適切な価格で商品を提供できるようになりました。これは初期の頃から戦略的に進めてきたことです。
会社という「箱」で、自分だけの豊かさを見つける
長野: 感覚的なパッションだけでなく、極めてロジカルに事業を構築されているのですね。最後に、田中さんが事業を通じて実現したい思いについて教えてください。
田中さん: 会社としては『人生を、もっと豊かに』というパーパスを掲げています。よく『豊かさとは何か』と聞かれるのですが、豊かさの定義は人によってまったく違います。
私が思う本当の豊かさとは、自分にとっての豊かさの定義を『自分自身でしっかりと持てているかどうか』だと思っています。
長野: ご自身で豊かさを定義できるようになるためには、どうすれば良いのでしょうか。
田中さん: まずは自己理解を深めることです。自分はどういう人間で、何に喜びを感じて、何を嫌だと感じるのか。そういった自問自答の時間を作ることがスタートです。
私は会社そのものを一つの『箱』だと表現しています。縁あってこの箱に来てくれた人には、退職しようが独立しようが、ここで経験した結果、次のステージに進むことができたと思えるような場所にしたいんです。
この会社で働くことで自己理解を深め、これまで気づかなかった新しい自分に出会う。そういった変化を楽しめる人に、ぜひ集まってきてほしいですね。
そして、20代の若者も経営者も、それぞれができることを全うして『みんなで日本を良くしましょう』。それが私の願いです。
編集後記
インタビューを通して最も印象的だったのは、田中氏が幾多の苦労を『たかが知れている』と清々しく笑い飛ばす姿だった。起業初期のキャッシュフローの危機や、数年間にわたる売上の停滞。普通の経営者であれば心をすり減らすような局面でも、彼は決してブレることがなかった。
その強靭なメンタルの根底にあるのは、十代の頃から続けてきたという『最悪の事態のシミュレーション』である。自らに極限のストレスを課し、それを乗り越える思考訓練を繰り返してきたからこそ、現実のビジネスにおける逆境すらも冷静に俯瞰できるのだ。レッドオーシャン市場においてサプライチェーンの完全内製化という緻密な戦略を完遂できたのも、その圧倒的な精神的な余裕とロジカルな思考の賜物だろう。
『みんなで日本を良くしましょう』。インタビューの最後に彼が語ったメッセージは、どこまでも真っ直ぐで力強かった。自らの幸せの定義を見失いがちな現代において、プレッシャーと戦い続けるすべてのビジネスパーソンに、彼の飾らない静かな闘志が届くことを願ってやまない。
プロフィール
田中 悠貴(たなか ゆうき) 株式会社Ultimate Life 代表取締役。パーソナルトレーナーや接骨院での勤務を経て、物販ビジネスに可能性を見出し26歳で起業。弟二人と共に会社を立ち上げ、スポーツニュートリションブランド『GronG(グロング)』を展開。調達から製造、物流までを内製化する独自のサプライチェーンを構築し、激戦区の市場において圧倒的な成長を遂げている。
長野 憲次(ながの けんじ)
株式会社アスリート式 代表取締役。元プロボクサー。引退後はパーソナルトレーナーとして活動し、現在はアスリートのセカンドキャリア支援事業や、経営者のエグゼクティブブランディングを展開。『戦う経営者図鑑』の公式インタビュアーとして、逆境を乗り越えて戦い続ける経営者のストーリーを発信している。



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