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辛い過去を力に変えて。GTN後藤裕幸が描く共生社会への挑戦

  • 6月23日
  • 読了時間: 12分

株式会社グローバルトラストネットワークス(GTN)代表取締役社長、後藤裕幸氏。現在、日本に暮らす外国人に対して、生活の基盤となる様々な支援を幅広く展開し、多くの社員や同業者から慕われる気鋭の経営者である。後藤氏が語るビジョンは常にスケールが大きく、周囲を巻き込む不思議な引力を持っている。


しかし、その輝かしいリーダーシップの根底にあるのは、決して順風満帆なエリート街道ではない。かつて彼は、カーテンを閉め切った暗い部屋の中で、息を潜めるように日々を過ごしていた時期があった。人間への不信、社会への憤り、そして「生きるか死ぬか」という極限の精神状態。一人の若者がいかにして過去の痛みを乗り越え、世界中の人々を支える強靭な経営者へと変貌を遂げたのか。その飾らないリアルな生存戦略に、元アスリートの中村航司が迫る。



閉ざされた部屋と、社会への憤り

【中村】 本日は貴重なお時間をいただき、本当にありがとうございます。事前にお話を伺う中で、後藤さんの周りには常に人が集まり、社員の方々からも深い愛情と尊敬を集めていることがひしひしと伝わってきました。これほどまでに多様な人々を惹きつける後藤さんの『人間力』の源泉に、今日は迫りたいと考えています。


【後藤さん】 よろしくお願いいたします。そんな大層なものはないですけれども、私の経験がこれから挑戦する方々の何かのヒントになるのであれば、包み隠さずお話しさせていただきますよ。


【中村】 ありがとうございます。早速ですが、後藤さんが国際的にご活躍される現在の姿からは想像もつかないのですが、過去にはご自宅に引きこもるような大変な時期があったと伺いました。当時の状況や、それをどのように乗り越えてこられたのか、お聞かせいただけますでしょうか。


【後藤さん】 元々引きこもりというわけではなかったのですが、大学受験の浪人時代、非常に厳しい環境に身を置くことになってしまったんです。私が通っていたのは大学付属の私立高校で、本来であればそのまま大学へ進学するはずでしたが試験に落ちて、思いがけず浪人生活に入ることになってしまって。


当時は将来への焦りや不安もあり、鬱屈とした日々を過ごしていました。そんな中で、自分が信頼していた親友から裏切られ、ありもしない悪評を流されたことで、地元のトラブルに巻き込まれてしまったのです。 詳細は差し控えますが、当時は身の危険を感じ外に出ることもままならないほど深刻な状況でした。


約2年間、自宅に引きこもるような生活を送っており、髪も切らずに伸び放題で、気づけば腰近くまでありましたね。親に心配をかけたくない、誰も巻き込みたくないという一心で、自分の中に抱え込みながら、どうにかやり過ごしていました。


【中村】 それは過酷な経験ですね。外に出られない状況そのものも苦しいですが、誰にも相談できず、一人で抱え込まなければならなかったことが、より大きな苦しみだったのではないでしょうか。


【後藤さん】 そうですね。ただ、その経験を通して、自分の中に湧き上がってきたのは、特定の個人に対する憎しみというよりも、もっと大きな『社会に対する怒りや憤り』でした。当時、年間3万4000人もの人が自ら命を絶ち、その多くが若者であるにもかかわらず、社会や大人たちは綺麗ごとばかりを言い、『問題はありませんでした』と平気で口にする。


こんな欺瞞に満ちた社会はおかしい、この国を変えなければならないという強い使命感のようなものが、その暗い部屋の中で芽生えていったんです。 当時、バブル崩壊後の住専(住宅金融専門会社)問題で、中坊公平弁護士が行政や銀行の責任を厳しく追及し、無報酬で不良債権回収に尽力する姿に強い衝撃を受けました。国家や大企業といった巨大な権力に怯まず、一歩も引かずに正義を貫くその姿に深く感銘を受けたのです。


これをきっかけに、私も弁護士になって政治の世界へ進み、総理大臣になって日本を変えようと決意しました。



異国の友が教えてくれた、圧倒的な熱量

【中村】 極限の状況の中で、社会を変えるという途方もない目標を見出されたのですね。そこからどのようにして、暗い部屋から抜け出されたのでしょうか。


【後藤さん】 もう、現状から脱出するには東京の大学に行くしかないと腹を括りました。ある意味で『死ぬ覚悟』はとうにできていたんです。ただこの状況で命を絶てば親に取り返しのつかない悲しみを背負わせることになる、それだけは絶対にできない。死ぬのはいつでもできる。過去を捨てて第2の人生をやり直す、そしてこの社会を変えてやる、と決意しました。


【中村】 生きるか死ぬかの覚悟を持って上京されたのですね。私もアスリート時代、海外の厳しい環境に身を置いた経験がありますが、極限の覚悟を持った時の人間の力には底知れないものがあると感じます。実際に東京に出られて、環境の変化はいかがでしたか。


【後藤さん】 東京に来て一番に感じたのは、周囲の学生たちとの圧倒的なモチベーションのギャップでした。私は『総理大臣になって日本を変える』という強い思いで上京したのに、周りの学生はサークルや合コンばかりに目を向けていて、置かれた環境や危機感が大きく異なっていました。そんな中で、私は『株マシーン』という株式投資のサークルを立ち上げました。そこで出会ったのが、韓国や中国からの留学生たちだったんです。


【中村】 留学生の方々との出会いが、後藤さんの人生の大きな転換点になったのですね。彼らからはどのような刺激を受けられたのでしょうか。


【後藤さん】 彼らは非常に高い志と行動力を持っていました。母国でトップクラスの大学を卒業してから、さらに日本の大学で学んでいるような人たちです。当時の中国から日本に来るというのは、村中のお金を集めて、10倍、20倍というビザの倍率をくぐり抜けてくるような人たちで、途方もない覚悟が必要でした。


彼らと一緒に朝から晩までファミリーレストランにこもり、アリババが伸びるぞとか、ハンゲームのようなオンラインゲームのビジネスモデルについて毎日議論しました。当時から活躍していたのが26歳で株式上場したサイバーエージェントの藤田さんやライブドアの堀江さん。


自分より少し上の世代の人たちの活躍に衝撃を受けたのと同時に焦りも感じていたところに、留学生たちのグローバルな視点とハングリー精神に触れ、私は弁護士よりも、ビジネスの世界で彼らと肩を並べて戦いたいと思うようになったんです。



サーバー代に消えた青春と、水天宮の小さなオフィス

【中村】 強い覚悟を持った異国の仲間たちとの出会いが、起業への道を開いたのですね。しかし、立ち上げ当初から順調に進んだわけではなかったと伺っています。


【後藤さん】 ええ、全く順風満帆ではありませんでした。いざオンラインゲームの事業を始めようと準備を進めていた矢先に、ITバブルが崩壊してしまったんです。資金調達など夢のまた夢という状況になりました。


【中村】 資金のあてが外れてしまった状況で、どのように事業を維持されたのでしょうか。


【後藤さん】 とにかく自分たちで稼ぐしかありませんでした。平日の夜と土日はひたすらアルバイトをして、昼間はベンチャーの立ち上げに奔走するという生活です。当時は常時接続のインターネット費用だけで月に20万円もかかり、1ギガメモリーのサーバー1台を購入するのに60万円も必要な時代でした。水天宮にある家賃6万円の古いビルの一室を同じ時期に起業していた知人とシェアし、家賃を3万円ずつ折半してなんとか事務所を構えていました。給料なんて当然ゼロです。


【中村】 昼夜を問わず働き、生活の全てを事業に捧げていらっしゃったのですね。その泥臭いご経験こそが、現在の後藤さんの強靭な基盤になっているのだと強く感じます。



『幸福の面積』はみな同じ。過去の自分を超え続ける生き方

【中村】 これほどの試練を乗り越えてこられた後藤さんですが、現在の経営哲学や、生き方において大切にされている指針はどのようなものなのでしょうか。


【後藤さん】 私は『人生における幸福の面積は、皆同じだ』という持論を持っています。例えば、生まれながらにして大富豪の人が、人生の終盤に100万円で生活しなければならなくなったら、それは不幸だと感じるでしょう。


しかし、若い頃に苦労して、最後に100万円で心穏やかに暮らせるようになった人は、深い幸福を感じるはずです。事象や状況としては同じでも、どこからスタートして、どの基準と比較するかで、幸せの感じ方は全く異なります。


【中村】 『幸福の面積』という言葉、非常に腑に落ちました。アスリートの世界でも、若くして頂点を極めた後、引退後の長い人生で目標を見失い、苦しむ選手を多く見てきました。


【後藤さん】 まさにその通りです。若い頃にちやほやされると、どうしてもピークが前に来てしまい、その後下っていく状態になりやすいんです。だからこそ、大事なのは『死ぬ間際がピークであること』だと思っています。


そのためには、他人と比較して嫉妬するのではなく、常に『去年の自分と比較して、今年の自分が成長しているか』だけを基準に生きることです。少しずつでも前に進み、人間として成長し続けること。それが調子に乗らず、自制心を保つ一番の方法だと思います。今どん底だと感じている方は、未来の幸福者であるとも言えます。


【中村】 他人との比較ではなく、過去の自分との比較。そして、常に謙虚であることですね。後藤さんの周りに人が集まり続ける理由が、少しわかった気がします。


【後藤さん】 もう一つ大切にしているのは、『出会いを研磨する』ということです。私はここまで、本当に奇跡のような人との出会いの連鎖に助けられてきました。事業を支援してくれた方、苦しい時に出資してくれた方、そして何より、共に戦ってくれる仲間たち。


しかし、出会いというのは、ただ通り過ぎるのを待っているだけでは形になりません。相手に対して真摯に好意を持ち、「この人と一緒に何かできないか」と考え、原石を削って磨き上げる努力が必要です。それをし続けることで、数年後に大きな縁となって実を結ぶことが多々あります。


【中村】 『出会いを研磨する』。ただ偶然を待つのではなく、自らの意思と行動で縁を育てていくということですね。苦しい時、人からの言葉に救われたご経験も多いのでしょうか。


【後藤さん】 ええ、本当に数え切れないほどあります。資金繰りが苦しかった時期、ある著名な経営者とお会いする機会があり、カウンター越しに『売りたくなったら買うから、いつでも言ってね』と声をかけていただいたことがありました。


その一言が、どれほど私の心の支えになったことか。幸いにも持ち堪えることができましたが、あのように誰かを救えるような言葉をかけられる人間でありたいと常に思っています。



日本の真の価値と、共生する未来へ

【中村】 最後に、これからの社会、そして後藤さんが見据える未来についてお聞かせください。


【後藤さん】 私は、日本という国のポテンシャルを信じていますし、同時に強い危機感も持っています。日本の技術、文化、自然、食、そして平和な環境は、世界的に見ても非常に価値が高いものです。しかし、日本人自身がその真の価値に気づかず、先入観や限られた情報だけで判断してしまい、世界の実態を見誤っている部分が多々あります。


【中村】 海外のリアルな状況を、自分たちの目で確かめることが必要だということですね。


【後藤さん】 その通りです。偏った情報だけで判断せず、実際に足を運んで自分の目で見て感じたことを基準にするべきです。そうすれば、東南アジアやアフリカがどれほど活気に満ち、急速に発展しているかがわかるはずです。


GTNのミッションは、日本に憧れて来てくれた外国人の皆さんが、活躍できる社会を創ることです。彼らが日本を好きになり、日本経済に貢献し、母国との架け橋となってくれること。それこそが、日本が世界と共生し、生き残るための持続的に発展していくための重要な道だと信じています。そのためにも、私はこれからも挑み続けます。


【中村】 『挑み続ける』という言葉に、嘘のない強い覚悟を感じました。後藤さんのこれからの戦い、そしてGTNが創り出す未来を、心から応援しております。本日は本当にありがとうございました。


【後藤さん】 こちらこそ、ありがとうございました。



編集後記

インタビューを終え、私の中に強く残ったのは、後藤裕幸という人間の持つ『静かで、底知れぬ温かさ』であった。

若き日に経験した理不尽な痛み。カーテンを閉め切った部屋で夜中に電話線を抜き、社会への憤りを抱えていた一人の青年。普通の人間であれば、その闇に飲み込まれ、他者を拒絶してしまってもおかしくない。


しかし、後藤さんは違った。その痛みを知るからこそ、他者の痛みに寄り添い、決して人を見捨てない強さを手に入れたのだ。


彼が語った『幸福の面積』という哲学は、スポーツの世界で戦ってきた私自身の心にも深く突き刺さった。アスリートは得てして、若くして手にする栄光に惑わされ、その後の人生で目標を見失いがちだ。しかし、人生のピークを死ぬ間際に設定し、去年の自分を超え続けるという彼の思想は、あらゆるビジネスパーソン、そして日々プレッシャーの中で戦うすべての経営者にとって、一つの明確な道標となるだろう。


『出会いを研磨する』。彼がこれほどまでに多くの人々から愛され、支援され続ける理由は、まさにここにある。彼は決して奇跡を待っていたわけではない。相手に真摯に向き合い、その関係性を自らの手で磨き上げてきたのだ。


逆境を知り、それを超え、異国の友と共に世界をより良くしようと歩み続ける後藤裕幸。彼の飾らない生存戦略は、不確実なこの時代を生き抜く私たちにとって、勇気と希望を与えてくれる確かな光である。




プロフィール

  • ゲスト:後藤 裕幸(ごとう ひろゆき) 株式会社グローバルトラストネットワークス 代表取締役社長。 外国人専門の生活総合支援事業を展開。独自の審査基準を用いた家賃債務保証サービスを皮切りに、通信、人材紹介、クレジットカードなど多角的なサービスを提供。「外国人が日本に来てよかったと心から思える社会」の実現に向け、国内外で力強いリーダーシップを発揮している。


  • インタビュアー:中村 航司(なかむら こうじ) 戦う経営者図鑑公式インタビュアー。一般社団法人日本スポーツコミュニティ協会(縁TRANCE) 代表理事。 元フィールドホッケー選手(ドイツ・ブンデスリーガ所属/元U18日本代表)。引退後は、スポーツで培った「挑戦するマインド」をビジネスに活かすべく活動中。自らの経験を基に、経営者の内面に潜む本質的な強さと哲学を引き出す対談を行っている。

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